感動をみるものに与へない。言ひかへれば、絵かきの絵らしさといふものが、ひとつの夾雑物として邪魔をする。しかし美人画や武者絵の場合は、かなり線の簡略化の方法も洗練の度のすぎたものが、あるに拘はらず、自然に無理がなくうつたへるものが多いのである。契月は『平穏の作者』であつて、決して見るものの心を過度に刺戟することをしない。それは人柄が絵を穏やかにしてゐるのではない。むしろその反対なものがある。作画上ではかなりに強烈なヱゴイストなのである。その自我の強さが、作品を穏和に制約する力量を示し。また力量を貯蓄し、決して作品の、芸術的基準を下げないといふ力量を示してゐるのである。なにか穏やかな平安な作品に対しては、作者の人柄がさうであるからだ――といつた批評をみかける。作品を直ちに人格に結びつけて、具合よく作品論を避けて人格に結びつけてしまふといふことは、現下の美術評論壇には、まことに多いのである。しかしそのことが決して作者に対して礼のある批評家の態度だとはいへないのである。契月論は決して人格論であつてはいけないのである。道義的状態、或は人格的状態に於いては、芸術家は論なく、道義は正しく、人格は高潔であつて当り前のことなのである。すでにそのことは作品以前のことである。つまり作品が現はれない前に於いて、既に人格的にさうなければならない筈のものである。
作品がすぐれてゐると評し、それはこの作者の人格が生んだものである――といふ評に至つては、後の人格のせいにすることはオマケにもならない。蛇足にすぎない作品の質は、既に作者の人格がその決定権をもつてゐると思つてよろしい良い作品ができてゐるのは、良い人柄がそれをさせたと考へてよい。技術がどうの、出来がどうのと論ずる場合はまた別な観点に立たなければならない。出来上つた作者に対しては、その作者の新しい方向に対しての、過程的なものとして批評する。その場合にも、この一応完成された作者の画風上の本質はあくまで認めた上での、俗にいふところの『注文』を批評家は為せばそれで足りる。もう一つの場合、新進的な、或は画学生的な作者に対しては、批評家はその指導的位置を文章の上で果すべきだらう。今我々は菊池契月氏といふ、既に出来上つた作家に対して、いかなる注文をなしたらいゝか、作品年表をみてもわかるやうに、この作家は、(旧姓細野契月)時代から、如何に活動的な作家であつたかといふことに思ひ到るときは、それは驚嘆に値する。活動的な作家なのである。然もその活動ぶりは華々しいそれといふより、かなりに粘液的なそれである。その持続力のながさ、テンポの平調さで、他の作家に比類をみないほどの着実な歩調なのである。図柄そのものは、人格論で片附けるにはもつてこいの、穏和な作品をかきつづけてきてゐる。しかし武者絵に於いては、その作風の軟弱さ、その柔弱さが目につくほどの、近来個性的作風となつてきてゐる。それに対して作者は抗していかなければならないだらう。作者の芸術的良心の性質は、あの弱々しい武士の鎧の下に隠されてゐる。契月氏の強いヒューマニズムにあり、吾人はそれを支持する必要があらう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
金島桂華論
厳密な意味に言つて、作家の作品だけの本質を論ずることは、一応まとまりがつき易い、しかしその作家の「人気」の本質を論ずるといふことは、なかなか難事業である。批評の場合、その作家に依つてさうした困難とぶつつかる場合がある。奥村土牛氏とか徳岡神泉氏とか、いまこゝに論じようとする金島桂華氏などは、何れもその「人気」の本質に就いての難かしさを具備した作家だといふことができよう。奥村土牛氏の作品が、八千円しようが一万円しようがそのことは少しも驚ろくに足りない。しかしさればといつてこの思ひ切つた価値の良さが、全く問題にならないといふ意味ではない。もし人気が土牛氏の作品をそれほどに価格的に高めてゐるとすればその人気の問題も解明してをく必要があらう。それと同じやうに金島桂華氏の作品が六千円したといふ噂も、これまたこゝでは多少その人気の良さと価格とを接触させて論じてをくことも無意味ではないであらう。何故さうした人気と価格とを生じたか、「何、それはそれほどの金を出して買ふ人間がゐるといふことだけだ――」といつてしまへばそれまでの話である。
しかし世の中はさうも単純でもないやうである。世間では、土牛にせよ、桂華にせよ、その価格維持の一理由の中に、寡作であるからだともいはれてゐるが、殊に土牛の場合は、寡作な上に、絵の出来がなかなかおそいといふ理由も数へられてゐる。しかし、土牛の場合には現在ではその理由は当つてゐない。曾つてはさういふ時代もあつたに違ひない。しかし画家の描く作品を、経済的機構の中の、一つの商品と観察して
前へ
次へ
全105ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング