現在の人気の維持はでき得ない。とつくに没落してゐる筈である。
 この二人は何れも、通俗性を出さうとするどころか、ひたむきな一生懸命なところがある。敢て土牛を老画生とし、桂華を画学生としたのはさうした画業精励のひたむきさを評して言つたのである。そしてこの二人は懸命になればなるほど画に通俗性がでゝくるのである。これは何もこの二人の罪ではないのであつて、この二人の辿つてゐる芸術の方法上から来たものといふべきである。
 土牛と桂華とを組み合して、斯うして論じてゐるのは、この二人は最も対立的な立場にある人に拘はらず、画風といひ、方法といひ、この対蹠的な状態であるのに帰するところが同一なものがある。同一の悩みを、異つた方法で悩んでゐるといふ。良い見本のやうなものである土牛が何故製作の方法上の帰結として「通俗性」に立たせるか、それは土牛の絵の「単純化」の方法が辿る路筋なのである。土牛は形式を益々単純にしていつて、そこに内容的深さを盛らうとしてゐる。この形式の単純化が企てられるとき、観賞者にとつては、彼に益々判り易い絵をみせられるといふことになる。形式の単純化が横拡がりに、観賞者数を殖やしてゆく、はては土牛の絵は判り易いといふ意味で、猫も杓子も、何かしら一感想を述べる自由を与へられる。観賞者としては、そんな楽しいことはないのである。自分のもつてゐる批評が正しい、不正はこゝでは問題ではない。批評ができ、感想が述べられるといふことが、見るものにとつてはこれ以上の楽しみはないのである。三尺以上に接近したら引つぱたくぞ――といつた、近寄りがたい、もたせつぷりたつぷりの作品がまことに多いとき、土牛の単純化の作品は「奥様――土牛さんの柿を拝見してきましたが、たいへんよく熟れてをりましたよ――」と女中が感想を述べる自由も保有されてゐるのである。
 桂華の場合はどうか、それは土牛とは反対にその作品の方法は、写実的意図を辿るところの通俗的なもの――単純化は、具体化と同一であり、また写実的方法は、一つの具体的方法なのである。俗に「絵が親切に描けてゐる――」といはれるのは、「具体的な説明」を作者が施すことに熱心なことが、観賞者に向つての親切さといふことになるのである。桂華の絵画勉強は、その写実的意図を何時の場合にも失はぬため、その制作の方法が何時も具体的で、一般に判り易い。さうした方法上の具体的形式が、こゝでもまた横拡がりに多数の観賞者を収容する。さうした一般性、通俗性は、これを理論嫌ひな日本画壇ではこれを理論化さず[#「理論化さず」はママ]、世間でいひ古されてゐる。一般性、通俗性といつた風にあつさり片づけたいであらうが、さうはいかない。土牛や桂華の作品がもつ、一般性や通俗性とは、全く理論的なものであり、また理論化されなければならないものである。芸術の究極目的は、作者が作画上でヱゴイストになることではない。むしろ自己の高度な芸術品をも、なほ世俗的な一般的な、通俗的な人々の、批評にも充分我慢のできる、つまり広範囲の批評に堪へ得るといふところにある。
 殊に桂華の場合は、その画の傾向や、これまでの足取りといふものを調べてみればすぐわかるが、現在の写実主義者は、その昔はどういふ傾向の絵を描いてゐたかといふことを考へてみたらいゝ、いま桂華の写実的方法が伴ふところの「通俗性」が取り上げられてゐるが、桂華のその昔の作品はおよそ「通俗性」とは縁遠い画風のもちぬしであつたのである。
 現在に於いては桂華は象徴主義者であつたのである。そして現在写実主義者になつたといふことは、この間にこの作者の人知れぬ悩みがあつたであらう。彼はまだ現在完全な写実主義者になりきつてゐない。自分のもつてゐる写実的方法での弱点を、象徴的方法で補足してゐる。或る人は桂華の作風を「新自然主義」と呼んだがそれも一理がある。「新古典主義」でもよからう、しかし「新」といふ冠詞の附し方は桂華の場合適当でないだらう。「新」などを附さない、単なる「写実主義者」だと評した方が桂華の現在の現実的計画に対して適当な言ひ方だと思はれる。
「春の雨」といふ作品が桂華にある。鶴に柳の雨といふ図柄で、この作品をある人が斯う評してゐた。「見る人の悉くが感じたことは、あの羽虫を捜す頸のうねりが、写生としては如何にもさもありなんとは見受けられるが、所謂鶴首としての概念とされてる、すつきりした感じを砕くと、見る目に憾みを残さした事だ――」と批評されてゐる。この絵は成程鶴の首の曲げ方にぎこちないものがある。しかしこの批評家は「写生としては如何にもさもありなんが――」と前置きして、鶴首としての概念としてのスッキリとしたところがないと桂華を批難してゐる。桂華の写実的態度を一応認めながら、それでゐてその絵が鶴の首のこれまでの概念とは遠いからよくないと
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