なものを彼等は知つてゐる
○…多くの画家が、その個人主義的な、自由主義的な態度で今は何のテクニックも残つてゐないのを気がつかないで何か他人の知らない技術をみつけようと躍起になるのとはちがふのである、福田はあれで、小品を描くと彼の人間的モロサを露出させ、大作にみる強い人間としての彼とは全くちがふものをそこにみいだす、それも無理もあるまい、彼は涙もろい東北出身である
石崎光瑤小論
○…展覧会場になど立つと、よくもかうした愚かしい仕事に熱心になれるものだと、思はずその画家の顔をみたくなることがある、日本画の観方、いまではもうさういふものはない、事実一般の観衆は、色々の角度から、終に断案を下して、絵の前を過ぎ去つてしまふ、さうした恐ろしさの存在することを知らないのは画家ばかりである。
○…さうした恐ろしい観衆を控へてゐるなかで、石崎光瑤の作品の前では、一応その足をとめ、批評を沈黙のまゝですぎるだらう、何故なら、彼の殊に「牡丹」を描いた作品の美しさはどうだ、そしてこの作品には作者の精神の微妙な動き、揺曳があり、魂のささやきがある、人々はその魅力にうたれるのであらう。
○…光瑤は光淋[#「光淋」はママ]派から出発してゐるので、古い時代の象徴派のコースをたどつてきた、しかしこの派につきまとふ形式主義が彼を硬直させてしまつて一時人気がおちたことがある
○…しかし最近の彼の描くものは、いよいよその技術の練磨が眼にみえるしかも、写実性はいよいよ加はり、現実的理解は透徹してきて、美しさの極限をその作品に見ることが多い
吉岡堅二小論
○…吉岡の日本画壇の中での血みどろの改革事業は、傍からみても気の毒のやうなものである、彼は作品の上で、ヒットをうつ、たしかに新しい世界を開いたといふ自信も、周囲は何か吉岡の仕事に対して「これは新機軸――」程度の讃辞を与へて、ふんはりと薄い布を作品の上にかぶせてしまふやうなものだ
○…後はそれきりで吉岡の新美術人協会での作品はみな立派なものだが、吉岡の良識はおそらく理解されないだらう
○…相棒の福田豊四郎はこの仕事の世間的公認が思つたよりも低かつた場合になどに焦躁する、その点、吉岡の度胸は大きい
○…また粘着力、闘志、さうしたものに充実してゐる、彼が殆んど生れながらに身につけてゐるかと、思はれるほどの対象の近代的理解を手堅く仕事の上に見せ
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