は有り難いのである、自分は土牛の処に四十三回催促に通つたとか、いやわしは五十八回通つた揚句一年のびたとか、さういふ理由も土牛神格化の半面である
○…土牛は下手な画家ではない、しかしそれほど大騒ぎするほどでもあるまい、彼の最近の作品では「入瀬所見」など、色彩の対照の上で、矯激なほどの美しい絵を描いた、彼は腹が立つたやうに、ぽつんぽつんと間ををいてすぐれた作品を発表する
郷倉千靱小論
○…千靱は最初洋画希望であつた、学校を卒へると、アメリカに渡つたが、こゝで彼は西洋画に対する希望を打破かれた、それは遠く祖国を離れて、初めて日本画といふ立派な形式の独自性と独創性とを海を越えて感得したのであつた
○…それが動機で、日本画をやるやうになつたといふことだ、この話は如何にも必然性がありまた問題を含んでゐよう、だから彼には、日本画の特殊性といふものについて、いつもそれを考へてゐるといふ認識のふかさがある
○…初期は相当脂肪のかゝつた大作をやつた、曾ての日本画に見られなかつた、特別な重厚さと、細叙主義であつたが、当時から彼の自然洞察は高度な精神的観察の下に立つてゐたやうだ
○…作品の例をあげると「小鳥の水浴び」などがそれだ、こゝは深い自然であり、人間の呼吸に驚ろかされない深い静寂な境地である、小鳥は何物にもおそれずにそこで姿態をつくりながら、嬉々として水浴をしてゐる、こゝまでこの創作に接近することができたのは、この作家が呼吸を凝らし、呼吸を止めることができるからだ、所詮この作家は静穏な愛の自然詩人といふことができるだらう
福田豊四郎小論
○…新美術人協会はまだ第三回目だ、海のものとも山のものとも判らない、しかしこの団体は妙に人気があり、注目されてゐる、その原因那辺にありや――、この団体の主宰者福田と、吉岡堅二との人気がさうさせてゐるのだらうか、それもあるだらう、それよりも、福田と吉岡との制作態度の時代性が問題とならう
○…この二人位時代に対して臆病な作家は珍らしく、その臆病さがまた逆に時代に抗する強靱な作品を生むといふ珍現象をもたらすのである、見渡すところ、日本画壇では福田、吉岡位のろのろした存在はあるまい、他の連中のやうに速歩主義ではない、絵の勉強の仕方もまたちがつてゐる、この二人は時代の変転を見出さなければ、絵の技術を前進させない、こゝに時代と技術の不可欠
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