たわけです、昭和十四年十月十四日の『日刊美術通信』の記事を見ますと、西山主任との「一問一答」といふ題で、同社の記者と文展日本画主任の西山翠嶂氏との一問一答記事が掲載されてをります。

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 発表のため美術記者連盟の控室に姿を見せた西山主任に対して記者達は突込んだ質問を試みたが一問一答は次の通りであつた
 記者――昨年の特選橋本明治、奥田元栄が落選に瀕したといふことだがそれに就いて聞きたい
 西山――橋本君の作品は出来栄え問題でなく研究的態度につき審査員会に是非の論があつたが結局入選した、奥田君のは種々の意見が出て最後まで残つたが採決の結果、票数が足らず落選することになつた――(以上美術通信記事より)
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 この記事を読んだとき、貴方の本年度文展作品に就いて、まだ見ない間から私は非常な興味を覚えました、それは美術記者と西山主任との短かい一問一答記事の中に、既に文展審査の二つの暗流を感じますしさうした発表前に問題を惹起した貴方の作品がどんな性質の作品であるか見たかつたからです、それにもう一つの問題は、貴方の作品『三人の女』はその出来栄えは問題にならなかつたが、橋本明治といふ作者の研究的態度が審査員間に是非の問題になつたといふことです、研究的態度を[#「を」に「ママ」の注記]審査席上で問題になるといふことは、よくよくのことに違ひない、殊に審査の本質は、その作品出来栄え本位で行くべきで、最悪でないかぎりは作者の研究的態度などを問題にすべきではないからです、貴方の制作上の態度にまで審査員が口を入れるといふことは、個人の自由に対する、審査員の一つの越権行為と見るべきです、しかし私は今にして見る場合には、あなたの研究態度で、審査員が別れて論じたといふことは、最悪の場合であつたことが想像されます。
 私は招待をうけて、文展招待日第一日に出掛けました、そして貴方の作品も拝見しました、そして貴方の作品の前にじつと立つて、この作品『三人の女』の何処に作者の研究態度の論難点があつたのであらうかと、ながいこと調べ始めました、洋画家の私の知人は貴方の『三人の女』はピカソの日本的解釈だと言ひました、それはピカソの作品に子供を差上げた作品もありましたからです、私の見解では『三人の女』は題材的に深い計画のあつたものではなく、日本画界に於ける純然たる新形式の
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