れてゐる、妖しい画風の面白さである、彼が洋服を着用に及んで銀ブラをするところをみて、他人は彼を当世流のモダニストのやうにみてゐるらしいが、さう速断することもできない、彼は銀座は私の勉強に行くところですといつてゐる、風俗への観察のために出掛けるといふ彼の弁明をこの際正しいとしてをかう。ともあれ彼は野趣を追ふ作家ではなくて、「撞球図」などといふ近代的テーマを描く作家である、しかし公平なところ、橋本氏には昭和十一年文展の「蓮を聴く」とか、「花野」とかいふ、橋本氏の好みとする、心理分析の工夫のかゝつた作品の方がはるかに、絵に独特の香気と、気品とを盛りあげてゐる、他人の真似の出来ない工夫の仕方といふものを橋本氏の作風の中から発見することができる、近代的余韻のある作品と言つた方が、あるひはあたつてゐるだらう、橋本氏がふつと何気なく「小市民的な画材はあまり好きではないのですよ、もつと迫力のある作品を書きたい――」と口を吐いてでた言葉は、をそらく橋本氏の本音であらう、今までの処橋本氏は小市民的なテーマへ逸脱しさうな危険もずいぶんある、さうした危険性を本人がちやんと心得てゐるのだから第三者は安心をしてゐていゝだらう、橋本氏にかぎらない、何か新しい画題を求めようとするとき、日本画家の陥るのはこの「小市民的な画題」である、美しい娘を描くのはいゝが、たゞ彼女が消費階級らしい美しさを表現してゐて、それ以外に何等の美をもつてゐない、さりとて畑の糞尿臭い野趣が画題の最大の健康性でもない、そこで新の気鋭魄をもつ橋本氏のやうな作家の作家良心は先づ画題の選択の上で苦しまざるを得まい、橋本氏は自然の美しさも、また人間の美しさと同等に、特別の妙味ある描写力をもつてゐる人である、そしてその自然描写と近代的人物との調和の仕事が面白いやうに思ふ。

    粘りと感能 奥田元宋氏

 児玉希望塾は七十人からの大世帯の画塾で、尚毎日のやうに塾入りを望む画家の玉子があるといふ、これらの沢山の希望者を断つたり、選択したりするのが大変だといふ話である、奥田元宋氏は言はゞ児玉塾が始めて出来たときの第一番に駈けこんだ一人である、なにぶん弟子はとらないといふ原則をたてゝゐた児玉希望氏の処へ、郷里を飛び出してきた当時十九歳の奥田元宋氏が児玉氏の教へを乞ひ師事九年、奥田元宋氏は当時二十八歳、日本画壇の年齢番附から言へば、奥田氏は
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