活では極度に神経質だが、作画上ではその片鱗さへ示してゐない自然人的素朴さである、そこに彼の作品の特長もあり、今後に対する期待もかゝるといふべきだらう。
加藤氏は自然観察が如何に難かしいものであるかといふことを、今にも泣き出したいやうな表情をしていふ、小鳥の性格の分類や、小鳥が野に居たときどういふ生活環境をもつてゐたかといふことまでも、知らうとする、彼の慾望はなみなみならず高いものがある、三越の新進作家日本画展に「山桜と瑠璃鳥」の絵を出品したが、その絵は雅味を帯びた瑠璃鳥の柔らかな平和そのものの姿であつた、彼は後から知人の小鳥通が来て「瑠璃鳥には非常に精悍な気性のものがある」と話がでた途端に、彼はシマッタと思ふのである、瑠璃鳥の性格を柔順なものとばかり考へてゐて、もつと突込んだ鳥の性格の観察に見落しのあつたことを、彼はたつた一人で自分の頭を抱いて天地に恥ぢるのである、さうした良心的な態度の良さが彼にはある、また一種の摂取型の作家で、画に対してどんな門外漢の言葉でも、それを充分耳傾けてをつて自分のものに摂取するといつた謙遜さもあるのは良い処だ、大臣賞の作品「薄暮」のやうなふてぶてしいスケールの大きさを、更に質的にも高めて制作発達してゆくところに、他人の真似の出来ない境地がある筈である、好漢惜しむらくは、少しく病弱らしい、体が弱くて仕事が停滞するのは実に辛いと述懐する。
フロイド好み 橋本明治氏
橋本氏に対しての一般的な批評をみると「才人才に負けるなかれ――」といふやうである、だが才人は才に負けるといふことはないものである。あれば才に溺れる――といふところだ、小さな才であれば負け、溺れるだらう、然し若し橋本氏にして大才を心掛けてゐる人であるとすればさういふ心配はないやうだ。新時代の日本画の路は、まづ日本画家を多少に拘はらず時代的な心理主義者にしてゐるやうだ、またこの危険を怖れてゐては、勉強の路もひらかれないだらう、橋本氏はさういふ意味で、決して平垣な[#「平垣な」はママ]路を行かうといふ人ではない、彼がフロイドの精神分析的なものに興味がある――といつてゐるのも、その間の事情を語るものがある、昭和四年の帝展初入選「花野」は彼がまだ美校の四年のときの作だ、この頃の作に現はれてゐる、妖しい感覚の独自性に、三つ子の魂百までの諺どほり今に至るも、橋本氏の作風の底を流
前へ
次へ
全210ページ中179ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング