ことの得な点は、ならんで仕事をしてゐると自分の欠点を他人がやつてくれてゐるのをよく発見することがある。
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 私は絵を描き始める、丁度五分位経つたとき鼻唄がでてくる、さういつた時が肝心なときである。
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 技巧に就いて――技巧などは花火のやうなものである、それを出しきつてしまふか、とめるかが問題である、出しきらずに例へ低くても、もうちつと手前で止める、さうしたやり方が出来がよい。
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 佐伯裕三などは呼吸の切れた作家のお手本である、あれだけ描いて真蒼になつてゐる。
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 坂本繁二郎は昔から同じことをやつてゐる男であつた、さうかと思ふと坂本とは反対にミヅテンのやうにがらがらと画風を変へてゐる連中も少くないが、結局坂本は個性的な作家である。
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 絵の仕事は、自分が喜んでゐられるかどうかといふことが大切である。たとへば赤い帽子をかぶつたとする、自分がおかしければ他人もおかしい、そうでなければ平気でかぶり通せるわけだ。
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 研究所などで研究生が乱暴な絵を描いてゐる、昼がきて弁当のパンかなにかを出してこの連中が喰べてゐるが、そのまづいパンを如何にも大切さうに喰つてゐる、私は思ふせめて自分の描いてゐる絵をパン位に大切に描いてくれたらと思ふ。
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 古賀春江の絵は好きだが、それは彼が病人であつて、あゝいふ絵をかいたから良いので、もし健康な普通の人があゝいふ絵を描いたらはり倒してやりたい位である。
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 青木繁[#「青木繁」に傍点]といふ男は実に変つた男であつた、青木が田舎から帰るとき、シルクハットを冠つて、燕のやうな格好をした洋服を着て、『やあ、いま来た!』といつた調子で現れたときは、ふきだしてしまつた。はたから見たらその奇行に驚ろくが、青木の気持を知つてゐる者からみたら、やることが奇行でもなんでもよい、自然な無邪気なやり方であつた。友達の留守に、友達の絵の具箱を無断で持ち出して絵を描いてくる、そんなことをよせといふと彼の言ひ草が変つてゐる。
『おれは良い仕事をやるのだ、そのためにはすべてのろくでもない画家は、おれの埋め草になつたらいゝのだ!』彼はこの調子であるから、仲間にも誤解をうけた。下手なお前よりも、自分は後世にのこるやうな仕事をするのだから絵の具は俺に使はせろといふわけである。そんな具合だから、青木は非常
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