ものは馬だけである――然し驚異すべき発見を見出すだらう、ジャン・コクトオが芸術には『先駆者なんか居ない、ただ遅参者だけが居るのだ!』と言つた意味は坂本氏の場合の意味である、天才などとはどれほど思ひがけないものを持つてゐようとも、常に適当な時間に到着するものであつて、その時間が鳴るや否や他の時計は一時的に遅くなる――とはコクトオの考へであるが、私も坂本氏の優れた遅参者としての態度、殊に最近益々その純粋さを益す坂本氏の作品を見て、それを痛感することが多い。
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熊谷守一氏芸術談
   青木繁との交遊など


 過日池袋モデル倶楽部に於て、倶楽部主催の座談会が催されたが当日二科会員熊谷守一氏を招待、氏の永年の作画生活からの傾聴すべき芸術談を聴いた。尚同氏と天才青木繁との交遊回顧談などもあり、かうした機会にノートしてをくことの無意味でないことを痛感したので、この一文をまとめて発表することにした。(小熊生)

 絵といふものは作者が興奮しないときに、よく見るといふことが肝心である、さういふ状態までもつて来なければならぬ。
    ◇
 上手の欠点といふことがある、実に上手に描ききつてゐる、これでもか、これでもかといつた絵である、しかし私はさういふ絵を見せられると『それがどうした!』と言つてやる、上手さばかり追求しても、自づからそこに限界があるからつまらぬ、それよりも鷹揚な美点をもつた絵が良い。
    ◇
 私は描いてゐて『技巧』が入れば、いやに癇癪が起きる、他の人は却つてこれが都合が良く思ふらしいが!
    ◇
 画家と時世に就いては――ずつと絵をやつてくると、住むところと時代や階級で、生れ変つて来なければどうにもならないものがある。もつとも私は自分の絵でも、自分が描いたと思つたら大間違ひだと考へてゐる。
    ◇
 画家は環境を否定することはできない、自分だけといふわけにはいかない。
    ◇
 画はやり易い方法でやつた方が出来が良い、絵になつてから結果がよい。
    ◇
 理想と実際とは逆な場合が多い、ちぐはぐになつていける人は幸せだ。
    ◇
 理詰めで解決しないで、なるべく仕事で解決したらいゝ、理論や理屈の多い人は、さういふことが自分で気持をこはす種になつてゐるのではないか。
    ◇
 大勢で絵をかく
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