実力発揮のできる作者である。
斎藤正夫……の静物からは芸術的感性の高さを感じた。この人は自己特有の絵全体に流れてゐる人間的なデリケートさを失はぬやうに次の仕事を進めてほしい。
荻原英一……『貝殻山の崖』は崖の断面の貝殻層を描いたものでテーマは珍らしく面白いが、題がついてゐるから貝殻と見えるものゝ題がなければ貝殻とは見ることが不可能である。花は紅、柳は緑といふ形容の中には、事実の一般性や、普遍性を説明したものがありこの常識的な真理は決して芸術家が馬鹿にしてはいけない。一見して貝殻を見せるといふ最も端初的な処から、更にさまざまな貝殻を描き出す目的が発生し仕事が続けられるまた逆にふかい描写の意図が、誰にも判る一般性へ落着いたとき、始めてその絵の深さや特殊性がかんじられる。牛と馬との区別をつけることを看却しては、永久にその絵から牛と馬との区別をひきだすことができないだらう。荻原の場合もつとリアルに(観る者に親切さを出して)描いてくれたら、もつと涯かに高度に、断層に幾世紀を経た貝殻の存在、曾つて海であつた処が山になつたといふ時間的な不思議な自然の摂理を語る絵ができたであらうと思ふ。近来我々素人がみて、形状の正体のまるつきりわからぬ絵が少くないので、遂こんなことを述べる気になつた。第一画家の中には、批評家や、画家仲間に見せるのを目的に制作してゐる人が少くないが、画家の数は多いといつても知れたものであるし、広く一般大衆へ見せるものであるといふ、絵画家の立場を取るべきで、この親切さは、平凡な絵を描くまいとする苦痛が伴つてほんとうに気持の良い努力ではないかと思ふ。
春台美術展
観に行つたとき暗くなりかけてゐたので落着いてみられなかつたので残念であつた。
武良俊明……『埋葬』は漁師達が死せる漁師を埋めようとする悲哀の情景を描いた大きな作であるがこゝに集まつてゐる漁師達の顔に興味をそゝられた、そして相当に漁師特有の表情を捉へ得てゐる。しかしそれは主として漁師の顔の骨格的なものゝ追求によつて必然的に作家が描き得た特有さであつて、一度これらの漁師的な顔が、一人の人間が死にこれを土に埋めるといふ最大の悲劇を前にして如何なる人間的感情をこの『埋葬』に描き得てゐるかといふことを吟味してみると、まだまだまだ作者の感情は甘い、甘い、といはざるを得ない。
柳瀬俊雄……『有段者』『黄
前へ
次へ
全210ページ中124ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング