出し、距離を描き出し、形態の面白さを描き出すことができたかといふ点である。しかしそれは直ぐに解決をすることができる。山口華楊といふ作家は、いつたい誰の門に居たかといふことを考へてみたらわかる。彼の師が西村五雲であつたといふことを想ひついたらいゝ、華楊といふ作家は、五雲の画風を如何に摂取したかといふことを考へてみたらいゝ、俗に親に似ない鬼つ子といふ言葉がある。華楊はその作品、作風の一寸と見では五雲の形式とは似てゐない。鬼つ子である。五雲の作は、ずつと躍動的であるし、それこそ才気煥発である。自然の変化を極度に追求した点がある。華楊は五雲に師事しながら、五雲のこれらの方法とは全く違ふ、似てゐない。然し私は前の稿で、華楊もまた才気煥発だと述べてゐる。その理由を明らかにしよう。華楊は五雲門のうちでも、最も五雲の方法を摂取した一人ではないかと思ふ、それは画風としては、師のものを継いでゐない。それはあくまで華楊のものである。しかし方法、手段の点では五雲の方法が、まことにこなれて取り入れられてゐると思はれる。描かれてゐる部分と、描かれてゐない部分との画面上での抱合、この巧みさは五雲独特なものがある。華楊もその点実に五雲的な巧みさなのである。線の発展の追究的なところも、五雲の態度とそつくりなのである。トコトンまで一本の線の流れるところ、描かれてゆくところの究極的まで押してゆくといふやり方は、五雲の方法であつた。五雲はそれを写実的方法といふ重厚な方法として、線の行き先きを見とどけるといふ方法をとつたのではない。五雲は五雲の抽象的な手段としてそれを行つた。従つて五雲は思ひもかけぬ図柄を我々の眼の前に提供し、次の作品が予測できないやうな変幻の妙を示した。五雲の絵の派手で、そして優れてゐるのはその理由に基づく。華楊の場合は、師の五雲の芸術上の抽象化を避けて、その五雲の方法を写実的方法といふ限界の中で行つたといふ相違があるのである。そのことは華楊もまた時代の子であり、若い世代の心理の洗練を、その現実主義としてうけてゐるのである。着実な手段を選び、煥発する才気をじつと抑制する力はこれまた作家の実力の一部といふことができよう。一本の線を描かうとするその線の辿る路に、相触れて拡がり、またはせばまつてゆく空間の変化、この描かれた部分と、描かれない部分、線の実在と、非線の非実在この調和抱合、その追求態度
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