てゐた、雨の日の轢死は私の血を跡形もなく流し去る、そして体は散々になつて、その附属物のかならず一品を失はふ、例へば舌とか足の親指とか、甚しい時には頭が夜更けの車庫まで運び込まれて、検車係りの安全燈に照しだされたりする、私はそんな目に逢ふのは嫌だと思つた、往来する電車は何時も見る電車よりも、少しく大型に脹れて見えた、乗客もみな鳥の翼のやうに、だらりと袖をさげてゐた。
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諷刺短篇七種


  盗む男の才能に関する話

 痩せて背の高い男が、夜の縁日を歩るいてゐた、賑やかな人通りの群から、最も眼の穏やかな人間を選むとすれば彼だらう。眠つてゐるとも見える彼の眼は、糸を引いたやうにしか開かれてゐない。
 彼は群集にまぢつて、縁日の玩具にながめ入つてゐた、其処の金盥の水の上には、三艘のブリキ製の舟が、小蝋燭をもやすことで、物理的に走り廻つてゐた。
 彼は玩具を眺めながら、悲しさうな表情をした、実はこの玩具の考案は、この男がしたのであつた。
 彼は二度目の、窃盗、文書偽造の刑期を勤め上げる間に、刑務所の中での退屈な時間をこの玩具の考案に費したのであつた
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