気持にとらはれた。
そして今度は戸口の物音である。
近所に住んでゐるらしい病気の犬こ奴の姿も私には気に喰はない。
何時も腰を、ズルズル曳きづつて歩く、ちよつと見ては、坐つてゐるのか、立つてゐるのか判らない犬であつた、
この犬が戸口に体を一生懸命にこすりつけて、枯れ草のやうな音をたてるのであつた。
逃げてゆくその斑犬《まだらいぬ》の後姿を見ると、まるで赤ん坊のやうにすつかり毛がぬけてしまつてゐる。
頸や肢は哀れに痩てゐるが、腹だけは何つも大きく瓶のやうにふくらんでゐた。
私の郊外の家を、訪れる物音といつたら、まづこの不吉な鴉と、毛のぬけた犬位なものであつた。
海のやうに展けた雪原には何日も何日も吹雪が続いた、殊にこの吹雪のやんだ翌日の静けさは、実に惨忍に静まり返つた。
私の会社に出勤した後の、このぽつちりと雪の中に建つた私の家の中には、どんなに妻は退屈に留守をしてゐるか。
彼女は、室中に縦横に麻繩を張り廻し、凡太郎のむつき[#「むつき」に傍点]を掛け、どんどんと石炭をストーブにくべて、この黒、白、黄、の斑点のあるしめつた旗を乾かしたり、室中をぐるりぐるり子供を背負つて
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