刻も早く脱れようとしたのであつた。
――泣面を見てゐられるか、カフェに行くんだ金をだせ。
二人の生活には十日も以前から一銭の小遣ひ金もなくなつてゐた。で俺はその無理難題であることをちやんと知つてゐた。
――そんなことを仰言つても、四五日もお風呂に行かれないことを貴方も知つてゐる癖に。
――風呂位、一年行かなくても死ぬものか、文句をいふな、ぐづぐづして見ろ。
勝ち誇つてゐたので、畳かけて惨忍な言葉を、頭上から浴びせかけ、またもや拳骨を喰らはしたのである。
ところが俺が予期してゐないのに、すつくと立ちあがり、彼女は勝手元から踏み台を持ちだし、その踏み台を、石版刷りの西洋名画の額のある高い壁の下に据た。
彼女は泣ながら、そしてごそごそいはしながら、額の後の手探りを始めた。
――なにを探してゐるんだ、汚いぢやないか。
ぱつと埃が舞ひ上つた、彼女は隠してをいた品物を発見した。
堅く丸いもので、白木綿で包まれたものだ、中からは新聞紙包みが出て来た。
なんといふ念入りなことであらう、その新聞の中には、青い活動写真の広告紙があり、その紙の中から最後に、塵紙で包んだ五十銭銀貨が一枚
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