べるんですもの。
 と嬉しさうに答へた。
 成程、彼女と胎児とは、同じ血脈に結びつけられ、同じ呼吸に生きてゐるものに相違ない、彼女が怒れば腹の子も怒り、悲しめば胎児もともに、悲しむものであるらしい。
 そこで俺は彼女を、興奮させる様なことのない様に心掛た。台所の雑巾がけをしたり、水汲みをしたり惨めな下僕となつた。
 決して彼女の機嫌を伺つたり、血を吐くと脅喝されたので、それを怖れたからではない、やがて出産するであらう『我等の仲間』のために敬意を表したのである。
 或る日、まつ青な顔になつて彼女は室中を歩き
 ――亀の子たはし、の様な刺の生へた球が、お腹の中を駈廻る、きつと子宮外妊娠に違ひないと思ふわ。
 と泣わめいた。
 しかしこれは嘘の皮であつた。何ごとかの前兆であつたのだ。
 その後数十日経ち彼女は『我等の仲間』を、ろく/\陣痛もせず馬よりも容易に分娩したのであつた。
 いまでは全く健康体となつた、皮膚は頑丈で、反撥力に富み何程殴つても傷つくことがない、赤児もすく/\と生長した。
 健康が恢復するとともに彼女は日増に嘘をいひだした。
 しかも彼女は、プロレタリア精神の欠けた、もつと
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