院といふ、海のやうに青い層をなした巨大な建物があつた。
夏になるとこの病院の中庭には青や黄や赤の松葉牡丹がそれは美しく咲いた。
そこにこそ俺の恋人にふさはしい、手の痩た女や、眼の大きい女達が数十人生活をしてゐた、硝子張の露台の中を恋人達は、水族館の魚のやうにひら/\静かに泳いでゐた。ばく/″\唇《くち》を動かした。
彼女達は、鶏卵《たまご》の黄味を吸はうとするかのやうに、太陽を吸はうと与へられた日課をしてゐた。
世間の人達は、彼女達を肺病患みと呼んで恐れてゐた。
健康な人々の中に許り閉ぢこもつてゐるといふことは危険なことだ、彼等はその健康をもつて、ぐん/″\不合理をも、押倒し、引倒し、藪原の材木を曳く壮健な馬のやうに、人生を突き進む、これに反して、可憐で繊細な病人達は、絶えず人生の姿に脅へた。
高い壁にゆきあたると彼等はじつとその前に坐つてゐて、何時までも待つてゐた。
扉のしぜんに開かれるまで、退屈な人々は何事かを考へてゐなければならなかつた。
(三)
俺の馬のやうな彼女も、俺の処に転がり込んで来た当時は、細い首をして、青く透いてみえる顔をしてゐた。
――
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