だと言つてるのだよ』
 男は急に幸福を感じた。

    (八)

 一人の処女と一人の童貞とを、石ころを投げ捨るやうに、畑の茂みの中にほうり投てきたといふことに、どんなに娘さんが浮気であつたとしても、をそらくは明日の朝までは、男の魂のなかにとけこんでゐる、男の独占の喜ばしい感激がいつぱい湧いてきた。
 あそこの味瓜畑の泥にまみれた二つのもぎとられた味瓜が、だん/″\と夜更の露に洗清められてゐるやうな情景が、ふつと眼に映つた。が次の瞬間童貞を捨たといふ荒ら/\しい悔恨が頭をもたげてきたので彼はげら/″\と笑らひながら不意に女を突き離した。
『娘さん、驚いちやいけないんだよ、さ驚いちや駄目だよ僕はね、だが私はあなたに謝まつてはゐない』
『ねえ、どうしたつて言ふの』
『私がどんな悪魔の正体をうちあけても吃驚《びつくり》してはいやだよ』
『言つちまつたらいゝわ』
 女はちよつと好奇心の眼を光らした。
『娘さんよ、貴女は私を童貞だと思つてをいでゞすか』
 男はしやべりながら、飛んでもないことを言ひ出す自分の悪魔的な感情に、ひとりでに微笑がしみじみと湧いて来た、なんといふ素晴らしい自分であらうか
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