菓子店で、二三度口をきいた程度の私にむかつて祈るやうな何かしら哀願的な態度をみせてゐるのです
『以前とわたし感じが変つてゐませんの』
『大いに変つてゐますね、何かしらぼんやりとしたやうな様子ですね―』
 と私は答へました、ほんとうは『気の抜けたやうな感じ』とその時言ひたかつたが、さうは、言へなかつたのです。
 以前の彼女は炭酸の利いた清涼飲料水のやうに、肉体も心も、沸騰してゐました、声はかん高く天井に跳ねかへり、足はちつともじつとしてゐませんでした、それがいまはすつかり気のぬけたサイダーのやうに、ぼんやりとだらしのない甘味だけがのこつたやうな姿でした。
『以前のわたしは人生のことなんか何にもわからなかつたんですのよ、―』
 と彼女はおかしい程、過去に対しては回顧的になつてゐるのです、
 一軒の喫茶店に彼女と入りました、私は特に何事も話しをする興味もないので、だまつてゐました。
 それでも済むまいと思つたので、彼女の兄がいまどうしてゐるかと質ねました。彼女は兄は旅行にでゝ東京にゐないと答へて、何やら兄の行先や、兄の事情にふれることが喜ばない風でした。
 私は彼女のその兄であるといふ男と、
前へ 次へ
全186ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング