沿ひに歩きつゞけた。
 男が河岸の斜面を歩く、せきこんだ落ちこむやうな感情に上気していまゝでたんねんに用意深く考へ
『でも妾《わたし》が若しあなたを嫌ひであつたら……どうして』
 娘さんは小さな低い声で男の頭のてつぺんでかう言つた。
 乳房のところを頭でぐんぐん動かしてゐるうちに、きつと娘さんがだまり込んでしまふときが来ることを知つてゐたので、横着に額を機械のやうに動かしてゐた男であつたが、でも娘さんの言葉が気がかりになり初めたので、念のために、娘さんの胸から不意に二三歩とびすさつて、片手を内ふところに荒つぽく襟のあたりにいれてふところの中で大きな拳骨をつくつて見た、眼は白眼ばかりにしてゐなければならないので、暫らくの間は胸苦しい呼吸《いき》がして娘さんがどんな顔をしてゐるのかさつぱりわからなかつた。
『刃物でおどかしたつて、駄目よ嫌ひなものは、どこまでも嫌よ』
 あゝなんといふすばらしい肩揚げだらうと男は落胆をしながら、つく/″\と娘さんの肩揚げをながめしぶ/″\とふところから手を出して、てれ隠しに引つぱり出した皮製の万年筆いれを月にかざして見せた。

    (四)

 娘さんと男
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