叫んだ、『楼門五三の桐』の歌舞伎のセリフを一くさり叫んだ。大木の幹の周りを警官がとりまくまで、彼は陶然として豪雨の中で見得をきつてゐた。監房ホテルの中で係官の註文によつて、お人好しの彼は大真面目で再演するのであつた。監房では彼のことを『遙か彼方』或ひは『雲か霞か』といふ綽名で呼んでゐた。
思索的な路の歌
彼の家の方角に通ずる路は坦坦としたアスファルトの軍用道路で、彼はこの道が好きであつた。勝手なことを想像して歩るく楽しみから『思索的な路』と彼は名づけた。深夜の路ををりをりバスがヘッドライトの光りで路上を撫で廻し、運転手が空バスを悪戯半分操縦して通るほど人通りが稀であつた。
彼はその夜も文学の会に出て、したたか酔つて夜更の路を帰つてきた、『司会者は、頭がいゝぞ――。』と彼は呟いた、会費僅か六十銭で酒が出て、とにかく板のやうではあつたが肉の揚げたものが一皿ついた。会では二人に一本の割にビールが出たので、女客や、飲まない客の分までのめた。酒好き党は、結局禁酒党の会費の分にまで割込んだかたちで一本乃至一本半の酒がのめた。
『おゝなんていゝ風だ』と彼は路を千鳥に縫ひ歩るきながら、三本
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