際パン倶楽部といふのがあつた、倶楽部では四年目毎に、各国順番で総会を開らくことになつてゐた。
 その日は各国からパン倶楽部の代表が集つて、紙風船を手でパンと叩きつぶしてその音を審査するのであつた、このクラブが何故国際性があるかといふと、世界各国の紙風船代表が、それぞれ紙風船の中に、自分の国の空気を封じこみ、その風船の口を目張りしたものを持寄り、会場でそれを叩きつぶして、風船が裂ける音響に依つて、各国の『自由の精神』の性質を知るといふ点であつた。
 第×回国際パンクラブ総会が開かれた、フランスからやつてきたクラブ員は、紙風船を手にして壇上に立つた。
『諸君、この風船の中に、私が入れて持つて参りました、フランスの風船の破れる音響について、或ひは諸君はその音響の余りに低いことに不満を覚えるでせう、然しながらこの風船の中の『自由の精神』はヒューマニズムと申しまして、決して音響が低いが故に、価値低いものではありません、将にその反対であります―』
 フランス代表は、かう弁解がましく一席述べてから、彼は掌の上の風船を力いつぱい叩いた。
 ところが風船は柔らかい生き物のやうに、グニャグニャしてつぶれない、彼は焦燥して床に風船を投げ、足で強くこれを踏みつけると、やつとボンと低い音がして風船はつぶれた。
 次にドイツのパンクラブ代表が、毛だらけの腕をめくつて、手の上にのせた風船を、力まかせに勢ひこめて叩いた、すると恐ろしい大音響を発した、ドイツ代表は得意満面
『斯くのごとく、わがドイツの風船は、自由の精神の声高いのであります』
 と周囲を見廻した。
 するとフランスの風船代表が承知をしません、
『議長、ドイツのクラブの風船の音は、真に自由の叫びではないと考へます、何故ならば、つまり風船の内容物である空気の叫びではなくして、風船の紙の裂ける音の高さであります…』
 ドイツのクラブ員は『違ふ、違ふ―』と怒鳴りだし、イタリーの代表もそれに加担し、果ては、ドイツとフランスとが取つ組合ひを始め議場は混乱に陥つた。
 議長の慰撫と、再審査の結果、フランスの代表に対しては、手で叩きつぶすべき風船を、足まで使つて踏みつぶしたといふ点で無効となり、ドイツの代表に対しては、ドイツの風船の音は、リベラリズムとしての空気の音ではなく、ファシズムとしての紙の音であると認められてケリがついた。
 日本からも、日本パンクラブ代表として、老詩人×氏が出席してゐた、彼は果してどんな音響を立てゝ、日本の風船を叩きつぶしたであらうか、日本代表はまもなく日本へ帰つてきた、そこで×氏の報告を兼ねた歓迎会が開らかれた。
 出発の時の馬鹿騒ぎに較べて、×氏の帰朝歓迎会は出席者も少なく見るからに淋しい集りであつた、席上意地の悪い批評家△△氏が卓上演説のとき、クラブ代表×氏にむかつて
『噂に依りますと、パンクラブ日本代表は、余り御老体であつたため、風船を叩きつぶす気力もなく、会場で醜態を尽した揚句、やつとの思ひで叩きつぶしたといふことですが―』
 と無遠慮に質問するのであつた。
 すると日本代表×氏は、やをら席を立つて、洋服の上着のポケットから、折り畳んだ風船をとりだし、それを一同に示しながら
『只今の御質問に対してお答へいたします、みなさん、私は会場で風船を叩きつぶすどころか、このやうに風船を折り畳んだまゝ持ち帰つた有様です、それは何故かと申しますと、日本にはこの紙風船にいれて国際的に持ち出すやうな『自由の精神』があつたでせうか、ありませんでした、だから私は風船にいれずに出席いたしたのであります―』
 と答へた。
 すると意地の悪い批評家はグッと詰つてしまつたが、席の一隅から議論がいつぺんにもちあがつた、若い批評家は立つて斯ういつた
『果して代表のいはれるやうに、我国に風船にいれるほどの一握りの自由の精神もないでせうか、もし代表があくまで無いとおつしやるなら、私は即座にあなたの手にしてゐる風船にそれを吹きこんでお目にかけませう、然しです、その風船はとうてい御老体が、遙々お持ちになることができない程、重いものでありませう―』といつて笑つた。

  若い獅子の自由主義

 森の中では、七匹の獣が選ばれて、森の政治向のことを支配してゐた、ところが選ばれた山犬閣下は自分の牙を磨くことにばかり熱中して、毎日のやうに歯医者通ひをしてゐたし、狼閣下はお洒落で、爪を磨くために、美容院でマニキュアばかりやつてゐる状態であつたから、さつぱり森の政治はうまくいかず、とうとう森中の獣達が怒つてしまつた。
 そこで七匹の獣閣下は辞任して、新らたに七匹が選ばれた、然しこれまで森では自分の身を飾つたり、自分の腹を肥やすことにばかり熱中してゐるといふ、身勝手な獣ばかりが選ばれるので、森の獣達が今度選ばれた七匹も信用しなくなつ
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