てゐた。
七匹の獣達は自分達の信用を恢復させるために、そこで若い獅子を加へて、それを自分達の頭にした、この若い獅子はこれまで選ばれた獣達よりも、ずつと家柄が良かつたばかりでなく、たいへん自由主義者で、おつとりした性格で、もの判りが良いといふ評判がもつぱらなので、随つて森の獣達の人気も悪くはなかつた。
或るとき一匹の穴熊が、森の政治向のことに関して、森の奥に若い獅子の住居を訪ねた、その時の穴熊の印象では、若い獅子は少しも自分の家柄を自慢したり、高ぶるといふ様子を見せない許りでなく、若い獅子手づから穴熊にコーヒーをすゝめたり、穴熊が煙草を吸はうとすると、獅子が自分のライターから、シュッと音をさせて火を擦り出して、穴熊の煙草に火をつけてくれる有様であつた。
『実に偉いもんだ、平民的だ、わしは感激したよ、若い獅子があれほど自由主義者だとは想像もしなかつたね、然かもわしが用件を済まして帰らうとすると、閣下手づからわしの汚い外套を持つてきて、わしに着せてくれたときには、恐縮といはうか、感激といはうか、実に感動したね―』
と穴熊はすつかり昂奮して、獅子の自由主義を森中ふれまはつた。
ところが、その穴熊がそれからかなり経つてから、若い獅子の家を再び訪ねたが、今度は前とは少しばかり様子が変つてゐて、獅子は何か不機嫌な様子であつた。
穴熊は煙草をとりだして、もぢもぢしてゐた、それは獅子に煙草の火をつけて貰ふといふ光栄に浴したいからであつた。
すると獅子は安楽椅子に横になつたまゝで
『穴熊君、わしが煙草に火をつけてやらう』
と言つたので、穴熊は飛びあがるほど心の中で嬉しがつた、しかし獅子は椅子から立ちあがらうともしないで、頤《あご》で先方をしやくつてから『向ふの棚にライターがあるから、君こゝへ持つて来給へ―』と命令的に言つた。
帰り際には『君、外套を着せてやらう、外套をこゝへ持つて来給へ―』といつた。
穴熊は自分の外套を恭々しく獅子の傍まで持つて行くと、獅子は寝そべつたまゝで、いかにも面倒臭さうに穴熊に着せた。
穴熊は森の小道を帰つてくると、ぱつたりと狐に逢つた、狐は皮肉さうに質ねた。
『穴熊君、やはり君の汚れた外套を、獅子の自由主義は親切に着せてくれたかね』
『いやこんどは調子が変だつたよ、着せてやるから、自分で持つて来いといつたんだ』
『殿様の自由主義なんてそんなもんだよ、機嫌や、風向きの悪いときには、用心し給へ、まあ自分の外套はなるべく自分で着るやうにした方がいゝね』といつた。
奇妙な政治劇団
政治劇を専門にやる劇団があつた、この劇団は芝居の上手な俳優達が集つてゐた。演技も真に迫つてゐて観客から見ては、舞台の上の俳優達が何処までが真個《ほんと》うに涙を流し、どこまでが空涙かわからぬほどであつた。
ところで俳優同志[#「志」に「ママ」の注記]は、無類に仲が悪くて、舞台裏で絶えず喧嘩をしてゐる許りでなく、舞台の上にまで喧嘩をもちだし、芝居の演技最中憎いと思ふ相手役の足を、思ひ切り踏みつけるのがあるかと思ふと、力いつぱい本気で殴つたりした、然しさすがに名優揃ひなので、芝居の筋書だけはこはさなかつた。
一方見物人は妙に俳優達の芝居が真に迫つてゐるので、感心をして見てゐるのであつた。
俳優同志の仲違ひは、だんだん猛烈になつてきて、ついには道具方にまでそれが移り、道具方もそれぞれ二派に別れて、啀み合ひを始めた、道具方は背景を造つたり、打ちつけたりする金槌といふ武器をそれぞれ腰にさしてゐるため、劇団の騒動は荒つぽくなり、道具方が芝居の最中に、のこのこと舞台の上に出て行つて、芝居をやつてゐる憎いと思ふ俳優の頭を、金槌でぽかりと殴つたので、この政治劇団は一興業で二三人は死ぬといふ有様であつた。
一方見物人はなにごとも舞台の上の芝居と許り思つてゐるので、舞台の上でそんな事件が起きても一向平気なもので、後からそれが本当に俳優が殴り殺されたのだと知つて驚ろいたほどだ。
然し見物人もこの劇団のごたごたもたびたび重なると馴れてしまひ、少しも驚ろかなくなつてしまつた。
或るとき俳優が出演中に、反対派の道具方が背景を打ちつけてをかず、わざと重い背景を倒した、背景の山は倒れてその下敷となつて一度に六人の俳優が圧し潰され、大変な騒ぎとなつて舞台裏まで丸見えとなつたが、見物人は平気な許りでなく『まあ、役者がゐる間は、芝居が続くだらうし、役者がゐなくなつたら劇団は潰れるだらう―』といつて見てゐるほど平気で、政治劇団の人々が次第に興奮してゆくのと反対に、見物人の方は益々冷静になつてゆき、見物人も殖えて却つて芝居が繁昌を始めたが、劇団側にしてみれば、俳優は少なくなるし、主役のなり手がなくなつて益々苦境に陥つた。
次の興業にも、他の都市から嫌が
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