の名が『資本主義《すけもとぬしよし》』とあることが判るであらう。
 着流し一人、洋服二人の、定連三人組の素性に就いては、今から三年前、この人々が始めて遊びに来た頃にさかのぼらなければならぬ。
『ちよいと、旦那、あなた○○さんでせう』と十六歳の半玉|雛太《ひなた》に看破されてしまつた。
『うへつ、当つちよる、烱眼ぢやわい、どうして判つたか、言つて見い』
 と着流しの客は、素直に兜をぬいだ、半玉は誇らしさうに白眼づかひの微笑をもらした、無邪気な半玉は、○○の膝の上で、右手で客の首を抱へ込み、コンパクトの鏡を、客の鼻先に突きつけるのであつた。
『ほら、旦那のこゝに、白い条が額にあるでせう、皆さんも御覧よ、これが露満国境なの、髪の毛のある方は森でロシヤだわ、顔の方は満洲国でせう、耳の方が蒙古でせう』
 雛太は客の額を、可愛い指でつゝきまはした。
『もうよいよい、白状する、いかにもわしは露満国境から帰つてきた許りぢやでな、帽子の日焼がまだとれんで、すぐ○○と判りをるわいハハハハ―』
 客と芸妓達は笑ふのであつた。
『然らば小生の職業を当ててみい―』とその時一人の洋服の客はいふ。
『あら、旦那は、ブルジョアでせう』
『ブルヂョアはよかつたね、露骨な奴だなあ、いかにもさうだよ』
 雛太はチラと姉芸妓に眼をやつてから
『姉さんが教へてくれたのよ、洋服のチョッキの釦が掛らない位、肥へていらつしやるお客はブルヂョアだつてさ―』
 なるほど客はチョッキの下釦が三つもはずれてゐるのであつた。
『いかにも、わしは肥へてゐるでのう、近頃の女の子は眼が利くわい』
 製鋼会社社長氏と、今一人の官吏氏とは、太つ腹に哄笑した。
『芸者諸君、さう喰つて許りをらんで、何か余興をやらんか、陸軍記念日の兵卒達の余興より、おぬし等は本職だから、うまいぢやらう、槍さびがいゝぞ』
 と客は芸妓達に所望するのであつた、爾来この三人組は『資本』にやつてきた。
 来る度に、着流しの客の額の日焼の跡ははつきりし、他の客のチョッキの釦は、かゝらなくなつたやうだ。
『おい、芸妓ども、列べッ、敵前渡河ぢや』
 芸妓達はならび、三味線を掻き鳴らし、黄色い声で歌ひ出した。
『浅い河なら―膝までめくる』
 選ばれた踊り子雛太は、しぶしぶ立つて舞つた、兵士が敵前の河を渡るしぐさをするのであつた。
 歌の文句は浅い河から、だんだんと水の深
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