つては少しも恐ろしくないフグ氏等、十五匹が蛸を中心として『魚類精神』を論じあつた。
大体この催しは、この鎌倉のグループで発行してゐる雑誌『魚類界』の座談会記事をつくるのが目的で開かれたもので、魚達は勝手気儘にどれだけ泡をふいてしやべつても構はない性質のものであつた。
この会での蛸氏の位置といふものは、なかなかデリケートなもので、一見議論はさかんなやうで、他の魚達が蛸氏の議論に喰つてかかつてゐるやうに見えるが、実は誰も蛸氏の議論を頭から押へるといふ力のあるものがなく、多くの出席者は、蛸氏の脚の一本づつをとらへて、その脚の先を捻る程度のもので、そのことで却つて蛸氏の位置が支へられ、また押へる方も蛸氏に捲きついて貰ふといふ安全さを利用した。
蛸氏もまた心得たもので、如何なる場合にも絶えず論敵の肩に手をかけることを忘れず、一匹の子分が脚を離れても、必ず他の一匹を捉へてをくといふ蛸氏の腹黒さは徹底したものであつたが、それを知つてゐてか知らないのか、とにかくこのグループは表面甚だ仲の良いものであつた。
座談会が終ると、一同に酒が出た。
『座談会も終つたからいゝが、実際こんなことは書いてもらつてはこまるがね―』
などと身をふるはすことで深刻さうな電気ナマヅ氏が話を切りだすと、それはそれは面白い魚達の内輪話が始まり、さて酒が廻つてくると、話に拍車をかけて女の話やら、猥談やらそれはそれは賑やかになつた。
次いで魚達のエゴイズムが酒によつて発揮されてくると、あちこちで悪口の言ひ合ひが始まり、怪しげなダンスが始まり、席は益々乱れてきた。
蛸氏はグイグイと麦酒をあほり、傲然たる態度を示してゐたが、突然席の向ひ側に坐つて飲んでゐたカツオ氏の顔へ、蛸氏は手にしたコップの麦酒をかけた、カツオ氏はグッと癪に触つたが、酒の上のこととして勘弁し、鰭をもつて顔にかゝつた麦酒を拭つた、すると又もや蛸氏はコップの麦酒をカツオ氏の顔へかけた。
度々のことにさすがの温厚なカツオ氏も、非常に腹をたて、さてその復讐の方法としてカツオ氏は、食卓の上の醤油の容器《いれもの》をパッと蛸氏の顔にかけ、次にその傍の砂糖の容器をなげつけ、つゞいて酢の入つた容器を投げつけたので、蛸氏は醤油と砂糖と酢とをあびて、はからずも蛸の三杯酢ができてしまつた。
国際紙風船倶楽部
世界各国の紙風船の愛好家の集りに、国
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