装置をもつて、事務能率上の画期的創案なりとして非常な自慢であつた、或る日蛭氏は社長室から何心なく、会社の屋上に眼をやつた、丁度昼休みの時間で、沢山の社員が明るい日光を浴びて街をみおろしながら嬉々としてゐるのであつた。
 そのとき社長は、一人の婦人社員が猛烈に尻尾をふつてゐるのを発見した、傍に一人の男社員がゐて、それに答へるやうに、しきりに大振りをしてゐるのであつた、気がつくと屋上の男女の社員は、どれもみな猛烈に尻尾を振り合つてゐるのであつた。
『おゝ、わしは判らなくなつてきたぞ、人間はなぜ、あんなに尻尾をふるか――といふことぢや、新しい謎が出現したわい、然しぢや、問題は、問題の始まりに引戻して考へてみるといふことが、最も聡明なことぢや――』
 蛭氏はその日は鬱々としてそのこと許りを考へてゐた、仕事もさつぱり手につかなかつた、なんて人間の本能なんてものが、正直に尻尾に伝はるもんだらう、醜態なことだ、しかし尻尾を装置させたのは、このわしぢや、いや人間に尻尾のないのが最大の幸福かも知れない――と蛭社長は自問自答しながら帰途についた、こゝろはいつかの犬に逢ひたいといふ考へが大部分を占めてゐた、意外なことには、前日の同じところで、犬とばつたりと逢つた、犬は例によつて鼻の向いた方に幸福があるかのやうに、忙がしさうに歩いてゐた、蛭社長は声をつまらし、しやがれ声でせはしく犬を呼びとめた、
『君――犬はなぜ尻尾をふるか――』
 すると犬はうるささうに、ちらりと人間をふり向いたが、かう答へた。
『尻尾が犬をふれないからさ――』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
犬は何故片足あげて小便するか


 東邦宗徒連鎖聯盟会議が開かれた、席上高齢者で且つ人格者をもつて自他共にゆるされてゐる宮川権左ヱ門氏の提案『犬は何故片足をもちあげて小便をするか、これが防止の案』は当日の会議で議題として最も宗教家の議論の中心点となり甲論乙駁賑やかであつた。
 問題提出の動機といふのは、主として宗教の威厳に関する問題であつた、問題は数年前開かれた第二十三回の会議の折にさかのぼらなければならない、神官新道氏が自宅の塀に通行人があまりしばしば立小便をする、殊に白昼は勿論のことだが、夜更けになどやられると丁度塀に接近したところに寝室があつたために、通行人がそこで用を達する尿の響は、眠つてゐるこの宗教家の
前へ 次へ
全93ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング