をする者もありません。
ふと棚の上をみますと、そこには、青や赤や紫や、さまざまの色の酒の甕がづらりとならんで、ぷん/\とそれはよい匂ひを大将の鼻の穴にをくつてきましたので、大将は『これはたまらん』と、この大好物を窓際のテイブルの上に、もちだして、ちびりちびり飲みながら、窓からお月さまをながめて、ひとやすみいたしました。
三
馬は窓際に立たしてをきました、それは、もしも大将を捕へようと、街の兵隊が押しよせてきたときには、大将はひらりと窓をのり越えて、馬の背にまたがつて、雲を霞と逃げてしまふ用意であつたのです。ところが酒場の人の知らせで街の馬に乗つた兵隊が百人ほど、一度にどつと酒場に押しよせてきたときには、大将はひらりと、得意の馬術で、逃げだすどころか、あまりお酒をのみすぎて、上機嫌で月をながめてゐましたので、それは苦もなく兵隊にしばられてしまひました。
そして馬賊の大将は、首を切られてしまひました。
一方馬賊の山塞では、いくら待つてゐても、大将が山塞に帰つてきませんので、家来達はたいへん心配をいたしました、さつそく四方八方へ手別《てわ》けをして、大将をさがしましたが、その行衛《ゆくゑ》がわかりませんでした。
一人の大将の家来が、或る街の処刑場《しをきば》の獄門の下を通りかかるとおい/\と家来を呼び止《とめ》るものがありました。ふと獄門の上を見あげますと、獄門の横木の上に、行衛《ゆくゑ》不明の馬賊の大将の首がのつてゐるではありませんか。
『おや、これは大将、なんといふ高いところに、家来共は夜《よ》の眼も寝ずに、あなたさまの行衛《ゆくゑ》を探してを[#底本の「お」を「を」に変更]りましたのに。』かう言つて獄門の首を、家来は見あげました、すると大将の首は、たいへん不機嫌な顔をしながら『つくづくと、わしは馬賊の職業《しやうばい》がいやになつた。山塞に帰つて、みなの者に言つてくれ、大将は、たいへんたつしやで、毎日陽気に月見をしてゐるから、心配をしないでくれ。たまには人間らしい風流な気持になつて、この大将を見ならつて、酒でものんで月でもながめる気はないかとね。』
大将は、獄門のうへで、二日酔のまつ赤な顔をしながら、かう言ひました、そして陽気に月をながめながら歌をうたひました。
切られた大将の首は、酒場でたらふくお酒をのみましたので、なかなか酔がさめませんでした、そして毎日のやうに、月をながめながら歌をうたひました。
すると或る日、獄門の横木の大将の首のつい隣りのところに、新らしく切られた首がひとつのつかりました、そして大将の首に話しかけるではありませんか。それは馬賊の家来の首であつたのです。
『わたしも、すつかり悪心を洗ひ清めて、月をながめるやうな、風流な男になりましたから』
かういつて、ぺこりと家来の首はお低頭《じぎ》をいたしました。
大将の首も、喜んで、そこで二人が合唱をやりました。
するとまたその翌日新らしい馬賊の首が一つ獄門の横木にならびました、そして、それから十日と経たないうちに、山塞の馬賊の首がづらり[#底本「ずらり」を修正]とならんでしまつたのです。
それは人を殺したり、お金を盗つたりする悪い心が、みなお月さんをながめるやうな、風流や優しい心になつたからです。そして一人一人山奥から街の酒場にやつてきては、お酒をのんで兵隊に首を切られたからでした。
そこで大将の首は、家来の首のづらり[#底本「ずらり」を修正]とならんだ、まんなかで、長い頤髯をぴんぴんと動かして拍子をとつて、にぎやかに合唱をはじめました。
どれもどれも、いずれ劣らぬお酒に酔つた、まつ赤な顔をして、大きな声を張りあげて、浮かれて歌をうたふものですから、その賑やかなことと言つたらたいへんでした。
街の人達は、夜どほし馬賊の首達が合唱をいたしますので、やかましく眠ることができませんので、兵隊に、あの沢山の首をなんとか、始末をしてくれなければ困りますと申し出ました。
そこで兵隊は、あまりたくさん獄門に首がならんで、後から切つた罪人の首の、のせ場もなくなつたものですから、処刑場《しをきば》の広場のまん中に、大きな穴を掘つて、その中に首を投りこんで、上からどつさり土をかけてしまひました。
それからのち、馬賊の首達は、月見の宴《えん》をやることもできなくなり、酒の酔もだんだんとさめてきたので、たいへんさびしかつたといふことです。(大15・6愛国婦人)
−−−−−−−−−−−−−
三人の騎士
一
三人の若い騎士が、揃つて旅をいたしました。筋肉のたくましい、見るからに元気な騎士は黒い甲冑を着てをりました。背のひよろ/\と高い騎士は白い甲冑を、いちばん痩せこけて小さい騎士は青い甲冑を着てをりました。
この三人の騎士は、目的地である王城のある街へ、せつせと旅をつゞけてをりましたが、三人の住んでゐた街から、王城までは、かなりの里程《みちのり》がありましたし、それに広々とした野を横切らなければなりませんでした。
騎士達の住んでゐた街の、いたるところの街角に奇妙な木の札《ふだ》が建てられたのは、ついこの間のことでありました。
それはこの国でいちばん勇ましい騎士に王様が、たつた一人よりない可愛い王女をくれるといふ、立字《たてじ》が書き綴られてあつたのです。
もと/\この国の王様には、王子のないことを臣民は知つてをりました。
それで若い騎士達は、争つて王城をさして押しかけました。美しい王女さまを貰つた上に、この国の王様の世継となつて、やがてはおびたゞしい土地と、人民を統御することを想つては、若い騎士達はじつとしてゐることができませんでした。
そしてぞく/\と押しかけた騎士達は、王宮の前庭にたくさん集りました。
たゞ騎士達は、この多数の自分達の仲間から、たつた一人の幸福な候補者を王様はどんな方法で、お選びになるかといふことが、だれにもわかりませんでした。
王様の御前で、勇ましい真剣勝負をするのか、または闘牛の技競《うでくら》べをするのやら、馬術をおめにかけるのやら、さつぱりわかりませんでした。
この三人の騎士達も、この思ひもかけない幸福にめぐり合ふとして旅をつゞけてゐる若者でありました。
三人の騎士達が、野原のまん中までやつてきたときに、とつぷりと日が暮れてしまひました。
黒い騎士は、こんなに日が暮れては路《みち》がわからないから野宿をしようと、二人の騎士にむかつて言ひました。
ところが後の二人の白い騎士と、青い騎士とは、明るいうちは、それは強さうなことを言つてをりましたが、とつぷりと日がくれてしまつては、急に怖気《おぢけ》がついて一歩も馬の足をすゝめることができなくなりました。
それにこんな野原のまんなかに野宿などをしては、さびしくて堪らないと考へましたので、黒い騎士に反対をしてとにかく、行けるところまで馬を進めようと言ひました。
しかたなく黒い騎士は、二人の言ふ通りに、夜どほし歩くことにいたしました。
白い騎士と、青い騎士は、頭上をとぶ名も知れない怪鳥の叫び声にも、しまひにはふるへる程の臆病の本性を現はしてしまひました。
黒い騎士は、臆病な、二人を追ひ立てるやうにはげまし、はげまし路を急いでまゐりますと、ふいに三人の馬の鼻先で、それは大きな法螺の貝の響がいたしましたので、白い騎士と青い騎士とは、驚ろいてきやつと言ふなり棒立ちになつた馬から落つこちましたが、大胆な黒い騎士はさつそく、半弓をもの音のあたりに、ひやうと射放しました。しかし不思議な物音はそれきりきこえませんでした。
二人の騎士はます/\怖気がついて、果ては一歩もあるくことができなくなりました。
ところが、ちやうど幸ひなことには、はるか遠くに人家のあかりがひとつ見えましたので、三人はたいへん元気づいて馬をすゝめました。
二
広い野原のまんなかに建つた、大きなお寺の、高い窓から、光がもれてくるのでありましたが、そのお寺は久しい間人が住んでゐなかつたと見え、壁は崩れかけて、いかにも古めかしい建物でありました。
たどりついた三人の騎士は、とんとんと朽ちかけた扉をたゝきましたが、なかゝらは何の返事もありませんでした。
短気な黒い騎士は、力いつぱい扉をひきましたが、扉はなんの戸締りもなかつたので、それは苦もなくやす/\とひらかれました。
そこは天井の高い第一の部屋になつてをりましたが、そこの土間には、三つの秣桶《まぐさをけ》と三つの水桶と、三つの毛ブラシと、がちやんと置かれてありました。
ちやうど、三人の騎手[#「手」に「ママ」の注]の乗つた三頭の馬がやつてくるために、用意をしてあるかのやうでありました。
黒い騎士はたいへん喜んで、さつそく乗つてきた馬に、水桶の水をやり、秣をやり、ブラシで毛なみをきれいに撫でゝやりましたが、他の二人の騎士達は、あまりのうす気味の悪るさに、たゞ呆然と突立つてをりました。
それよりも不思議なことには、次の第二の部屋には、一人の女がきちんと膝を組んで坐つてをりました。
顔色は凄みを帯びたほどに白く、髪を長く後に垂れ、青い上着をきたこの女は、人形のやうに、唖のやうに、坐つてをりました。
『旅の三人の騎士です一夜のお宿をおねがひしたい。』
かう黒い騎士は、女にむかつて言ひましたが、女は冷めたい大理石のやうに坐つたまゝ、一言の返事もいたしませんでした。青い騎士と白い騎士は、がた/\と震へだしました。
三
つゞいてまた不思議な事を発見されました、それは次の第三の部屋には、大きな丸テイブルが据ゑられて、その上には三人前の料理と、三本の葡萄酒とがのつてあり、それに三脚の腰掛の用意まで、ちやんとしてあるではありませんか、大胆な黒い騎士は、
『なんといふ気の利いたホテルだらう。』
などと平気で無駄口をきゝながら、たらふく料理を喰べましたが、臆病な他の騎士は喰物が咽喉にはひるどころではありません、ます/\震へるばかりでありました。
次にまた不思議なことには、第四の部屋には、三人分の寝台が用意されてあることでした。
黒い騎士は平気で、この寝台のふつくらとした羽布団にくるまれてねむりましたが、白い騎士と青い騎士は、寝台の中に小さくなつてをりました。
すると真夜中頃、とほくからだんだんと騎士の室の方に、ちかよつてくる足音が聞えましたが、やがて、ぱたりと室の前で足音はやみ、音もなく扉が開かれました。
二人の騎士は怖々そつと頭をもたげて見ますと、それは第二の部屋に、石のやうに坐つてゐた女でありました。
女は黒い騎士の寝台にちかよつて、小さな聞きとれないやうな声で
『もし/\、太陽の申し児のやうな、たくましい旅の若者。わたしが一生のお願ひがございます。もし/\。』
かう言つて、なんべんも冷めたい手で黒い騎士の首筋を撫で廻してをりましたが、黒い騎士は昼の疲れで大鼾で眠つてゐるので、女はこんどは白い騎士と青い騎士の寝台のところに近よつてまゐりました。
四
夜が明けるのを待ちかねて、青い騎士と白い騎士は、黒い騎士をゆり起して、早々にこの怪しい古い寺院を出発いたしました。
そして三人は旅を続けましたが、寺院から一里もきたと思ふころ二人の騎士は、前夜の出来事を始めて黒い騎士に物語りました。
黒い騎士は、前夜の出来事を聞いてたいへん残念がりました、そしてこれから今一度引返して、奇怪な女の正体を見極めてくると、言ひ出しました。
青い騎士と、白い騎士はそのことにたいへん反対いたしましたが、黒い騎士はどうしてもきゝいれませんでした。しかたなく二人の騎士は、そこで黒い騎士と別れて、一足先に王城にむかつて出発いたしました。
大胆な黒い騎士は、その日の夕方、野の中の古い寺院に引返してまゐりました。
扉はなんの苦もなく、ひらかれました。
第一の部屋には、騎士がたつた一人で引返してくることを、ちやんと知つてゐるかのやうに、土間には、一つの秣桶と、一つの水桶と、が用意され、第二の部屋には、一
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