しがつて、誰も交際をしないのでした。
 そのうへ、それはおしやべりで、あることないこと、を言ひふらしますので、誰もみなめいわくをいたしました。
 野牛は、みなの者が、自分を怖ろしがつてゐることを、よいことにして、毎日のやうに森の中をあばれまはりました。
 それで、森の者達は会議を開いて、この乱暴者を追ひだす方法を、いろいろと考へてみましたが、対手《あひて》の野牛は力も強く、角も刃物のやうに、とがつてゐるので、とうてい自分達の力の及ばないことがわかりました。
 そこでこの森でいちばん智恵者である人間のところにでかけて行き、色々と相談をいたしました。
 森の中に住む人間といふのは、親子の樵夫《きこり》でしたが、これをきいて、
『それは困つたことですね、あの強力者《がうりきもの》を、この森から追ひ出す方法はありませんよ、それでみんなが、あの野牛に対手にならなければ、しまひには、この森にもあきて、どこかに行つてしまふでせうから』
 と言ひました。

    二
 野牛は、大威張りで森を荒しまはりましたが、たつたひとつ野牛が、いまいましくて、たまらないことがありました。
 それは、けものや、鳥や、虫などはすつかり自分の家来にしてしまひましたが、樵夫の親子だけは、どうしても征服をしてしまふことができなかつたからでした。
 いつか折があつたら、この親子の人間も、自分の家来にしてやらうと考へてをりました。
 或る日、森の中の日あたりのよいところで、樵夫の父親が、二抱へもあるやうな、大きな杉の樹を、ごしり/\とひいてをりました。
 すると其処へ野牛がやつてきました、そしていかにも自慢さうに、ながながと自分の身の上話をはじめました。樵夫は、たいへん仕事の邪魔になつてこまりましたが、のこぎりを引く手を止めずに、ごしり/\と樹を伐りながらその話をきいて、すこしも対手になりませんでした。
 野牛は、なが/\としやべつてをりましたが、大きな杉の樹の根もとが、七分どほり伐つたころに、不意に力いつぱい、両方の角で押しましたので、あつと言ふまに、杉の大木は樵夫の方に倒れかかつて、かはいさうに、樵夫の父親は、ぺつちやんこに、樹の下になつてつぶれてしまひました。
『モーモー、この森は、おれの天下だ。おれは野牛大王だ』
 悪い野牛は、後肢《あとあし》で土《どろ》を蹴りながら、大喜びで逃げてしまひました。
 森の小鳥が、この出来事をさつそく山小屋に留守居をして居りました、樵夫の子供に知らせましたので、子供はびつくりして馳けつけました、子供はどんなに悲しんだことでせう。
 けだものや、鳥達も、みな寄り集つてかなしんでくれました、そして悪い野牛を憎まないものは、ありませんでした。
 その日、樵夫の子供は、かたばかりのお葬式《とむらい》をして、父親を、森の小高いところの土《どろ》を掘つて埋めました。
 この父親を埋めた土《どろ》のちかくに棲んでをりました一匹のこほろぎが、たいへん樵夫の子供に同情をして、きつと私が仇討《あだうち》をしてあげますからと親切になぐさめてくれたのです。
 その翌日《あくるひ》、森の中で盛大なお話の会がひらかれて、いちばんお話の上手なものを森の王様にしようといふ相談をしました、これをきいた野牛は、まつ赤になつて怒りながら、会場にかけつけて
『この俺を、のけ者にして相談をするとはけしからん、誰がなんと云つても俺は大王さまだ』
 と叫びました。
 支配人の白い鳩は、まあまあと野牛をなだめつけて、
『それでは、これからお話の競技会を始めます。』
 と一同の者に、開会の言葉を申しました。野牛は、けふこそ、得意のおしやべりで、みなのものを負かして、王さまの位についてやらうと考へました。

    三
 四十雀《しじゆうから》、蛙、カナリヤ、梟、山鳩、木鼠《もづ》、虻やら、甲虫、蚊など、どれも得意の話ぶりでしたが、おしやべり上手の野牛には、どうしてもかなひません。それで野牛はますます得意になつて、しやべりだしました。
 すると何処からともなく、
『さあ老ぼれ野牛、こんどは俺さまがお相手だ』
 とさんざん野牛にむかつて悪口を言ふものがありました。
 みるとこの悪口の主《ぬし》は、それはちいさな、一匹のこほろぎでありました。
 そのこほろぎは、野牛に殺された樵夫の父親が、杉の大木を半分伐りかけて、やめてしまつた、樹の切り口の奧の方にはひつて、さかんに野牛の悪口を言つてゐるのでした。野牛は烈火のやうに怒りました。
『ぢやあ、チビこほろぎから始めろ』
『よしきた、老ぼれ野牛、さあ俺さまから始めるぞ。昔々あるところに、お爺さんとお婆さんとが住んでゐたのだ。お爺さんがあるとき山へ柴刈りに行つた、どつさりと柴を刈つてさて山のてつぺんで、お昼のお弁当をひらいた。おばあさんの、心づくしの海苔巻《のりまき》の握り飯を、頬ばらうとすると、どうしたはずみか握り飯を手から落した。握り飯は、ころころと転げた、ころころころ/\ところげた、山のてつぺんからふもとをさして、いつさんに、ころころころころころころ/\ころころ』
『ころころころころ、ころころころ』
 さあその『ころころ、』の長いことがたいへんです、こほろぎは、それは美しい調子をつけて、いつまでも/\、『ころころ』と鳴きだした。
『おい/\こほろぎ奴《め》、まだその握飯がころげてゐるのかい』
『まだまだだ、握飯はいまやつと、丘を越えたばかりだ、お爺さんは、一生懸命その後を追ひかけてゐる、握飯はころころころころころころころころ』
 その日は、夜《よ》をとほして、こほろぎは、ころころと話し続けました。その翌日《あくるひ》も、その翌日も、いつになつたらその話を止《や》めるか、わかりませんでした。
 野牛は、とうとう腹をたててしまひました、こほろぎを、その角で、ただ一突きに突き殺してやらうと思ひましたが、樹の切り口の奧のところに、こほろぎがゐましたので、それもできませんでした。野牛はますます腹をたててこんどは、切り口に、長い舌をぺろりといれて、こほろぎを捕《つかま》へようといたしました。
 そのとき、傍にゐました、樵夫の子供は『占《しめ》た』と、切り口にさしいれてあつた楔を手早く抜きましたので、野牛は切口に舌をはさまれてしまつたのです。
 森のみんなは手を拍つて笑ひました。
 野牛のとがつた角は後《うしろ》の方にまがり爪がふたつに割れるほど、あばれてみましたが、舌はぬけませんでした、はては大きな声で泣きながら、
『モーモー、おしやべりをしませんから。モーモー悪いことをしませんから』
 とあやまりましたので、樵夫の子は野牛の口のなかから、おしやべりの珠をぬきとつて、とほくの草原になげてしまつてから野牛をゆるしてやりました。
 野牛は、泣く泣く森を逃げだしました。
 あの真珠のやうな、小さな言葉の珠を失くしてしまつてから、牛はもう言葉を忘れてしまひました。
『たしかこの辺だつたと思つたがなあ』
 牛は野原の草の間を、失くした珠を探して、さまよひました。
『モーモー、おしやべりをいたしません、モーモー』
 牛はそれから、こんきよく野原の青草を口にいれて、ていねいに噛みながら、失くした珠を探しました。(大15・2愛国婦人)

−−−−−−−−−−−−−
お月さまと馬賊

    一
 ある山奥の、岩窟《いはや》の中に、大勢の馬賊が住んでをりました。ある日、馬賊達は、山のふもとの町へ押しかけて、さんざん荒しまはつた揚句、さまざまの品物を、どつさり馬に積んで引揚げてまゐりました。
 馬賊達は、山塞《さんさい》でさつそく、お祝ひの酒盛りを夜更《よふ》けまで賑やかにやりました。歌つたり騒いだりして、馬賊達はすつかり酔つぱらつて、やがて部屋の中の、あつちにも、こつちにも、ごろりごろりと、魚のやうに転ろげてねむりました。馬賊の大将も、たいへんいゝ気持になりました、そしてあまりお酒を飲んだので、顔が火のやうにほてつて、苦しくてたまらなかつたので、冷めたい夜の風にでも冷やしたなら、きつと気持がよくなるだらう、と考へましたので、山塞の扉《と》をひらいて戸外《そと》にでてみました。
 戸外《そと》は、ひやひやとした風がふいてをりました、それにその夜《よ》は、それは美しいお盆のやうな銀のお月さまが、空にかかつてゐたものですから、地上が昼のやうにあかるかつたのです。
『なんといふ、きれいなお月さんだらうな』
 馬賊の大将は、お月さまの、すべすべとなめらかな顔と、自分の頤髯のもぢやもぢやと、蓬《よもぎ》のやうに生えた顔とをくらべて考へてみました。
 それから馬賊の大将は、裏手の厩《うまや》の中から大将の愛馬をひきだしてきて、それにまたがりました。そのへんは山の上でも、平らな青い草地になつてをりましたので、馬賊の大将は、どこといふあてもなしに、馬にのつたまま、ぶらり/\と散歩をしました。
『けふは、お前の勝手なところにでかけるよ。』
 大将はかういつて、馬の長い頸を優しく平手でたたきました。
 馬はいつもならば、荒々しく土煙をあげて、街中を狂気のやうに馳け廻らなければなりませんのですが、その夜《よ》は主人のおゆるしがでましたので、気ままに、柔らかい草のあるところばかりを選んで、足にまかせて歩るき廻りました。
 大将は草の上に夜露がたまつて、それが青いお月さまの光に、南京玉のやうに、きらきらとてらされてゐる、あたりの景色にすつかり感心をしてしまつて、どこといふあてもなしに歩るきまはりましたが、やがて飲んだお酒がだいぶ利いてまゐりますと、とろりとろりと馬の上で、ゐねむりを始めました。とうとう馬賊の大将は、鼻の穴から大きな提灯をぶらさげて馬の頸にしがみついたまま、すつかり寝込んでしまひました。

    二
 ふと大将が眼をさましてみますと、自分は馬の背から、いまにも落つこちさうになつて眠つてをりました、
『おやおや、月に浮かれて、とんだところまで散歩をしてしまつた。』
 かう言つて、大将はぐるぐるあたりを見廻しますとそこは、やはり広々とした青草の野原で、あひかはらずお月さまは、鏡のやうにまんまるく下界を照らしてをりました。
 しかし山塞と、だいぶ離れたところまで、きてをりましたので、馬の首をくるりと廻して帰らうといたしました、そして何心なく下をみると、そこは崖の上になつてゐて、つい眼したに街の灯がきらきらと美しく見えるではありませんか。
 すると馬賊の大将は、急に荒々しい気持に返つてしまつたのです。
 そして大胆にも自分ひとりで、この街を襲つてやらうと考へたのです、馬の手綱をぐい/\と引きますと、いままで呑気に草を喰べてゐた馬も、両眼を火のやうに、かつと輝やかして竿のやうに、二三度棒立ちになつてから、一気に夜更《よふ》けの寝静まつた街にむかつて、崖を馳けをりました。
 そして馬賊の大将は、街の一本路を、続けさまに馬上で二三十発鉄砲をうちながら、馳け廻りました。それはかうたくさんの鉄砲をうつていかにも、大勢の馬賊が押しかけてきたやうに街の人々に思はせるためでした。
 はたして街の人々は、大慌てに、そらまた馬賊が襲つてきたと、皆ふるへながら、押入れの中やら、地下室やらに逃げこんで小さくなつてをりました。
 大将は家来もつれず、たつた一人の襲撃ですから、あまり深入りをして失敗をしてはいけないと考へましたので、鉄砲をうつて、街の人々をおどかしてをいてから街の場末の二三十軒だけに押し入つて、いろいろの宝物を革の袋に三つだけ集めました。それを馬の鞍に二つ結びつけ、自分の腰に一つつけて、さつそく引き揚げようといたしました。
 ところが一番最後に押し入つた家《うち》は、一軒の酒場でありましたが、酒場の家の人達は、大将が押し入つてきましたので、驚ろいて奧の方に逃げこんでしまひました。
 馬賊の大将は、がらんとして誰もゐない酒場に、仁王だちになつて、髯を針金のやうにぴんぴん動かしながら
『さあ、みんなお金も宝物《はうもつ》も出してしまへ。』
 と叫びましたが、酒場の中はしーんとして返事
前へ 次へ
全14ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング