好のよい、青い青いペンキ塗りの船が一艘、静かにくだつて来ました。
 ――おーい、青い船待つてくれ、わしも乗せて行つてくれ、やーい。
 と呼びとめました。
 手品師は、急にこの街が嫌になつたのです、それで、この青い船にのつて河下の街に行つて見たくなつたのでした。
 青い船の船頭は、河岸に船をよせてくれましたので、手品師は船に乗りました。船には一人のお客さんもなく、がらんとしてゐました。
 ――船頭さん、わしはこの日あたりのよい、甲板《かんぱん》に居ることにするよ。
 かう手品師が言ふと船頭は
 ――お客さん、其処に坐つてゐては駄目だよ。いまにお客さんで満員になるんだから。
 とかう言ふので手品師は、鉄の梯子《はしご》を、とんとんと船底に下りて行きましたが、船底にも、一人のお客もありませんでした。
     *
 青い船が、下流の街について、手品師が船底から甲板にあがつて見ると、船頭の言つたやうに、なるほど甲板の上は、船客でいつぱいになつてをりました。
 この街は、手品師がかつて見たことのないやうな、美しいハイカラの建物の揃つた街でした。
 地面はみなコンクリートで固めてあつて、見あげるや
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