ものお客さんがあつて、重なり合つて眠らなければならない始末ですから、それよりもかうした奇麗な水の流れを見て、涼しい河風に吹れて休んで居た方がいゝと思つたのでした。
*
ある日、この老人は、ごほん、ごほん、と続けさまに、たいへん咳が出て手品の口上も述べることも出来ないほどでした。
それに体がだるくて、手足がみんなほごれてしまふのではないかと、思ふほどに疲れを感じましたので、手品を早くきりあげて、いつもの河岸の河風に吹かれたなら、少しは気分が治るであらうと、河岸にやつて来ました。
そして、手品の種のはひつた袋を、枕にして寝ころび、青空をながめました。
するとその日にかぎつて、ついぞ思ひ出しもしなかつた、友達の事やら、若いときに死に別れをした妻のことやら、天然痘で死んだ可愛い子供の事やら、これまで旅をしてきた数限りない街の景色の事やらが、つぎつぎと頭に浮んできました。
――わしの一生にやつてきたことをみんな思ひ出さうとするんぢやないかな。
手品師は、急にさびしくなつてきたので、かう独語《ひとりごと》をしてむつくり起きあがりました。
そのとき河の上流から、それは細長い格
前へ
次へ
全137ページ中76ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング