品師は、はつと気合をかけて、眼から手を離すと、驚いたことには、手品師の眼は抜きとられて、右の掌《てのひら》の上に、眼の球がぎらぎらと、お日さまに光つてゐました。
 ――やあ、眼球《めだま》だなあ。
 ――驚ろいたなあ、本当の眼球《めだま》だ。
 見物の子供達は、驚ろいてしまひました、ところが、手品師の掌の上の、眼球をだんだんとよく凝視《みつめ》てゐると、これはほんものの眼球ではなく、ラムネの玉ではありませんか、見物人が呆れてぽかんとしてゐると、老人の手品師は、
 ――あははは、みなさん左様なら。
 かう言つて、そのラムネの玉やら、赤い手拭やら、鬚の長い綿でつくつた人形やら、剣やら、様々の手品の種のはいつた、大きなヅックの袋を、やつこらさと背中に担いで、さつさと次の街角に行つて了ひました。
 手品師は、街角から、街角に、歩るき廻つて手品をやり、夕方疲れて宿に帰るときには、この街の街端《まちはづ》れを流れる河岸に、かならずやつて来ました。そしてこの河岸の草の上に、足を伸ばして、一日の疲れを河風に吹れました。
 手品師の宿といふのは、それは汚ならしい小さな家で、小さな室《へや》に、六人も七人
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