人分の食事と、第三の部屋には、ものを言はぬ女が坐つてゐて、第四の部屋には一人分の寝台とが用意されてをりました。
 黒い騎士も、さすがに不思議に思ひながら寝床の中にもぐりこんで眠りました。
 果して真夜中頃遠くから足音がしてやがて、その足音は、騎士の室《へや》に忍びこみました。
 騎士は寝息を殺して、じつと様子をうかゞつてをりますと、前夜のやうに
『もし/\、太陽の申し児のやうな、たくましい旅の若者。わたしが、一生のお願ひがございます。』
 と女が小声で言ひました。
 騎士は、やにはに、がばと飛び起きて、しつかりと女の袖を、捕へました。しかし女は少しも逃げようとはせず、窓から戸外をながめながら遠くを指さします、そしていかにも案内をするやうに、自分が先にたつて歩るきだしましたので、騎士は狐につまゝれたやうに、その後について行きました。
 すると女は野原の暗がりを十丁程も先に立つて歩るきましたが、女の着いたところは小高い丘になつてゐました、そしてそこの草の茂みの中に二三十の石碑《せきひ》がならんでをりました。
 女と騎士は墓場にやつてきたのでした。女はその石碑のうちの小さいのを指さして、唖の
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