一
 森の中の生活は、たいへん静かでおだやかでした。誰もむだ口をきいたり喧嘩をしたりするものがありませんでしたから、ながいあひだ平和な日がつづきました。
 すると或る日のことです。どこからか一匹の野牛《のうし》が、この森の中にやつてきました、そして誰にことはりもなく、どしりと大きな体を草の上に横にして草をなぎ倒し、かつてに棲家をつくつてしまつたのでした。
『ほつほホ、あなたは何処から、やつてきましたか』
 森の支配人をしてゐる、白い鳩は、かう優しく杉の木の枝の上から、この野牛にたづねかけますと、野牛は大きな首をふいにあげて
『なんだ、小癪なチビ鳩め、どこからやつて来てもいゝぢやないか。けふから俺様が森の支配人だ』
 とそれは雷のやうな、大きな声でどなりつけ、火のやうな鼻呼吸《はないき》を、ふーつと鳩にふきかけましたので、
『ほつほホ、これはたいへんなお客さんが森へやつてきたゾ、ほつほホ』
 かう驚ろいて、鳩は逃げてしまひました。
 ところが、この野牛はたいへんな、あばれ者で、二言めには、熱い/\鼻呼吸をふきかけて、とがつた角をふり廻しますので、森のけものや鳥や虫達は、怖ろ
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