言つて、鏡をもつてきました。
この鏡に自分の顔をうつして、これを見ながら一枚の紙に自分の顔を描きました。
この自画像がまた、それは上手にかかれて、生きてゐるやうに見えました。一本の竹きれをもつてきて、この先をちよつと割つて、このお嫁さんの自画像をはさみました。
トムさんは、お嫁さんに言はれたとほり、この竹の棒を、畠の畦の、いちばん向うの土に立て、こつちの方からこの画をながめながら、耕しはじめました。
お嫁さんの自画像は、いつもにこにこ笑つてゐました。
お嫁さんの自画像のところまで耕してくるとこんどはこの自画像を第二の畦の、反対の向うはじに立てて、こちらからせつせと耕してゆきます、ですからその仕事のはかどることと言つたらたいへんです。
村の人はちかごろのトムさんの働きぶりに眼をまるくしてゐました。
ある日大風がふいてきて、このお嫁さんの自画像を吹きとばしてしまひました。
自画像は、ひらひらと風に舞ひあがつて、どこまでも飛んでゆきます。
トムさんは、はんぶん泣きながら、『お嫁さん待つてくれ。やーい。』『お嫁さん。やーい。』と叫びながら、どこまでも追ひかけました。
とうと
前へ
次へ
全137ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング