く》れて来ました。
皆の馳けつけた頃には、母親の腹痛は、だいぶよくなつて居りました。
母親はアマム・エチカッポが、誰よりもまづ先に飛んできて呉れたので、たいへん喜びました。
いまでも雀の嘴《せ》のあたりの黒いのはこのとき墨の容物《いれもの》を投げた、墨が垂れてついたもので、羽にぽつ/\と、黒い斑点のあるのは、墨の散つてついたのだといふことです。
母親はアマム・エチカッポの孝行に感じて
『お前は、一生のうち、アマム(米又は粟)[#底本の『米又は粟』から変更]を喰べて暮らしなさい。』と言ひました。
そして親不孝のイソクソキには
『お前の不孝者には[#「お前のような不孝者は」か?]、一生涯腐つた木を突ついて、虫をお喰べなさい。』と言ひました。
それからと言ふものは、雀は清浄《きれい》な米や粟を、啄木鳥は、腐れた木から虫を探して喰べるやうになりました。
今でも愛奴《あいぬ》達は、余り家のちかくの樹に、イソクソキが来て、虫を探すことを喜びません、そして灰をまいてこの不浄な鳥のちかよつたことを、清める習慣があります。(大14・11愛国婦人)
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珠を失くした牛
一
森の中の生活は、たいへん静かでおだやかでした。誰もむだ口をきいたり喧嘩をしたりするものがありませんでしたから、ながいあひだ平和な日がつづきました。
すると或る日のことです。どこからか一匹の野牛《のうし》が、この森の中にやつてきました、そして誰にことはりもなく、どしりと大きな体を草の上に横にして草をなぎ倒し、かつてに棲家をつくつてしまつたのでした。
『ほつほホ、あなたは何処から、やつてきましたか』
森の支配人をしてゐる、白い鳩は、かう優しく杉の木の枝の上から、この野牛にたづねかけますと、野牛は大きな首をふいにあげて
『なんだ、小癪なチビ鳩め、どこからやつて来てもいゝぢやないか。けふから俺様が森の支配人だ』
とそれは雷のやうな、大きな声でどなりつけ、火のやうな鼻呼吸《はないき》を、ふーつと鳩にふきかけましたので、
『ほつほホ、これはたいへんなお客さんが森へやつてきたゾ、ほつほホ』
かう驚ろいて、鳩は逃げてしまひました。
ところが、この野牛はたいへんな、あばれ者で、二言めには、熱い/\鼻呼吸をふきかけて、とがつた角をふり廻しますので、森のけものや鳥や虫達は、怖ろしがつて、誰も交際をしないのでした。
そのうへ、それはおしやべりで、あることないこと、を言ひふらしますので、誰もみなめいわくをいたしました。
野牛は、みなの者が、自分を怖ろしがつてゐることを、よいことにして、毎日のやうに森の中をあばれまはりました。
それで、森の者達は会議を開いて、この乱暴者を追ひだす方法を、いろいろと考へてみましたが、対手《あひて》の野牛は力も強く、角も刃物のやうに、とがつてゐるので、とうてい自分達の力の及ばないことがわかりました。
そこでこの森でいちばん智恵者である人間のところにでかけて行き、色々と相談をいたしました。
森の中に住む人間といふのは、親子の樵夫《きこり》でしたが、これをきいて、
『それは困つたことですね、あの強力者《がうりきもの》を、この森から追ひ出す方法はありませんよ、それでみんなが、あの野牛に対手にならなければ、しまひには、この森にもあきて、どこかに行つてしまふでせうから』
と言ひました。
二
野牛は、大威張りで森を荒しまはりましたが、たつたひとつ野牛が、いまいましくて、たまらないことがありました。
それは、けものや、鳥や、虫などはすつかり自分の家来にしてしまひましたが、樵夫の親子だけは、どうしても征服をしてしまふことができなかつたからでした。
いつか折があつたら、この親子の人間も、自分の家来にしてやらうと考へてをりました。
或る日、森の中の日あたりのよいところで、樵夫の父親が、二抱へもあるやうな、大きな杉の樹を、ごしり/\とひいてをりました。
すると其処へ野牛がやつてきました、そしていかにも自慢さうに、ながながと自分の身の上話をはじめました。樵夫は、たいへん仕事の邪魔になつてこまりましたが、のこぎりを引く手を止めずに、ごしり/\と樹を伐りながらその話をきいて、すこしも対手になりませんでした。
野牛は、なが/\としやべつてをりましたが、大きな杉の樹の根もとが、七分どほり伐つたころに、不意に力いつぱい、両方の角で押しましたので、あつと言ふまに、杉の大木は樵夫の方に倒れかかつて、かはいさうに、樵夫の父親は、ぺつちやんこに、樹の下になつてつぶれてしまひました。
『モーモー、この森は、おれの天下だ。おれは野牛大王だ』
悪い野牛は、後肢《あとあし》で土《どろ》を蹴りながら、大喜びで逃げてしまひました。
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