た。
 箒星のお姫さまは、つづけさまに二三十も雲の上で嚏をいたしましたが、苦しまぎれに、自分の乗つてゐた白い雲の上から足を踏みはずして、あつと言ふまに海のまん中に、ざんぶとおちてしまひました。

    三
『しめたぞ、箒星が海に墜ちた。』
 茂作は、こをどりして喜びました。
 さつそく小舟にのつて、茂作は海へ乗りだしました。そして箒星のをちたと思ふあたりに錨《いかり》ををろして、すつ裸になつて、海の中にもぐりました。
 茂作は、深い海の底を、あつちこつちと泳ぎながら探し廻りましたが、金の箒はみつかりませんでした。
 みつからないのも道理です、箒星の天女だけは、まつさかさまに、海の中におちましたが、天女の手にもつてゐた金の箒は雲の上に残つてゐて、雲は箒をのせたまま、とほくの空に流れて行つてしまつたのでした。
 さうとも知らず茂作は、海の底を、血眼《ちまなこ》になりながら金の箒を探してをりますと、ふいにあつちこつちの海草のなかから、星のかたちをした赤い色の魚とも虫ともつかないものがたくさん現れてまゐりました。
 そして海の中の星のやうに、きらきらと光りながら、
『恨めしい茂作さん、わたしを天から墜《おと》したね。』
 かう言つて泣きながら、その星のやうなものは、茂作の背中にぴつたりと吸ひつきました。
 茂作はびつくりして水面にうかびあがり、船にのつて逃げ帰りました。
     *
 村の人達は、その夜いつものやうに艪拍子も賑やかに、沖の釣場にむかつて漕ぎだしました。
 かがり火を昼のやうにあかるく、船腹をづらりとならべて、鼻歌をうたひながら釣針を海に投げました。
 すると油のやうに静かな海の面《おもて》が、急にざわざわと、さわがしくなつてまゐりました。
 そして、それは数知れないほど、たくさんの、漁師達が、ついぞ見かけたことのないやうな、名もしれぬ不思議なものが、水面で星のやうにきらきらと光りました。
 そしてこの星のやうな形のものは、漁師の投げた烏賊釣針に、われさきに争つて喰ひついてあがりました。
『恨めしい茂作さん、わたしを天から落したね。』
 かう言つて、その星のやうなものは釣りあげられた船の板子の上で、身を悶えてころがりながら、さめざめと泣きました。
 漁師は吃驚《びつくり》して尻餅をつきました。
『わしは茂作ぢやない、茂作は陸《をか》にゐるよ』
『これは大変だ、人違ひだ、茂作ぢやない』
 と漁師達は、釣竿を海に投げすてて陸《をか》に逃げかへりました。
 そのことがあつてから、漁師達の釣針に喰ひつくものは、この星の形をした赤い気味の悪い海星《ひとで》ばかりとなつていつぴきの烏賊も釣れなくなりましたので、村はみるかげもなくさびれてしまひました。(大14・11愛国婦人)

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親不孝なイソクソキ

 けだもの達も、鳥達も、大昔は、たつた一人の母親に、養はれて居りました。
 母親はたいへん皆を優しく、同じやうに可愛がつて居りました。
 ある日、小川の流れた野原に、たくさんの鳥達が集つて、さかんにお化粧をはじめました。烏はせつせと藁で、自分の体をこすつて、黒くつや/\と磨きますし、山鳩は小川の浅瀬で、しきりに体を洗つてゐました。
 其のほか鴨や、山鳥や、シギや、岩燕《いはつばめ》や、鴎や、あらゆる鳥達が、小川の岸に集つて、口の周囲《まはり》を染めたり、羽を洗つたり、白粉をつけたり、紅をつけたり、手をそめたり、熱心に化粧をしてゐるのですから、その賑やかなことといつたら、ちやうど海水浴場へ行つたやうな賑やかさでした。
 かうした騒ぎの最中に、一羽の鳶の子が、転げるやうに飛んできて
『みなさん。大変ですよ、母さんが急にお腹《なか》をやみだして、悪いんですよ』と告げました。
 鳥達は母親の危篤と聞いて吃驚《びつくり》して、あわてて川からあがるものや、化粧道具を片づけるものや、それはたいへな騒ぎとなりました。
 なかでもふだんから、いちばん親孝行な、アマム・エチカッポ(雀のこと)は、いま小さな壺をもつて、口をそめてゐた最中に、この知らせを聞いたものですから、
『わたしお化粧どこぢやないわ』と言つて墨のはひつた、いれものをぽんと後に投りました。
 そしてたいへん慌てながら、傍《わき》に化粧をしてゐた、おめかし屋のイソクソキ(啄木鳥《きつつき》のこと)にむかつて、
『さあ、母さんの病気です。いそいで参りませう』と言ひました、するとイソクソキは
『お腹の痛いくらいなら、大丈夫よ、わたしお化粧が、いますこしで終へるんですもの。』
 かう言つて動かうとはしませんでした。
 アマム・エチカッポは、イソクソキにはかまはずに、母親のところへ、どの鳥よりもまつさきに馳けつけましたが、親不孝なイソクソキは、どの鳥よりも、いちばん後《お
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