座います。その時に一番目立つた汚ないぼろぼろの服をきて、城門のまぢかに、見物にまぢつて、立つてゐてください。』かう云つてお嫁さんは、王様の家来に連れて行かれました。
 昔からこの国では、三年に一日だけ大きな城門を全部押しひらいて、臣民に城の内部をみせる習慣になつてゐるのです。
 その日は王様を始め何千といふ家来達が、ふさふさの赤い帽子をかむつたり、金の鎧を着たり、色々な盛装して[#「色々に盛装して」または「色々な盛装をして」と思われる]門の中の床几に、腰をかけるのです、人民たちは門の中には入ることが、出来ませんが、城門の傍《そば》まで立ちよつて中を見ることが出来るのでした、そして午後の五時になると、重い鉄の扉がガラガラと閉ぢてしまふのです。
 果してトムさんのお嫁さんの言つたやうに、城門開きの、おふれが人民に伝はりました。愈々当日になりますとトムさんは、乞食のやうな、汚ないボロ/\の服を着て、顔には泥を塗つて杖をつき、腰をかがめて、お嫁さんに言はれたとほり、見物人の一番前に出しやばつて、お城の門のひらかれるのを待つて居りました。
 やがて時間が来て、城門は大きな響きをたてゝ、がらがらと開かれました。
 みると王様は、けふを晴れと、りつぱな金の冠に、ぴか/\の着物を着飾つて、ゆつたりと床几に腰をかけてゐます。その傍にはトムさんの夢にも忘れることの出来ない可愛ゆいお嫁さんが、今ではりつぱなお妃となつてみな白鳥でできた、純白の上衣《うはぎ》をきて、坐つてゐるではありませんか。トムさんは悲しいやら、情ないやら、王様が憎らしいやらで、胸がいつぱいになり、涙をためた眼で、じつとお嫁さんをながめました。するとお嫁さんもトムさんの顔を見て、につこり美しく笑ひました。
 王様はたいへん喜びました。それはトムさんのお嫁さんが、妃になつてから、いちども笑つたことがないのに、いま笑つたのを見たからです。
『これ妃そなたはいま笑つたではないか、何を見て笑つたのか、さあいま一度笑つてみせて呉れ。』と言ひました。
 お妃はトムさんを指さして『王様あれを御覧なさい、なんといふ滑稽な姿の乞食でせう。もし王様があの男の着物をきて、あの男のかはりにあそこへお立ちになつたら、どんなにお可笑いことで御座いませう。』と申しました。
 王様はいま一度妃の笑顔をみたいばつかりに、トムさんを御前に呼び出して、王様の
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