言つて、鏡をもつてきました。
 この鏡に自分の顔をうつして、これを見ながら一枚の紙に自分の顔を描きました。
 この自画像がまた、それは上手にかかれて、生きてゐるやうに見えました。一本の竹きれをもつてきて、この先をちよつと割つて、このお嫁さんの自画像をはさみました。
 トムさんは、お嫁さんに言はれたとほり、この竹の棒を、畠の畦の、いちばん向うの土に立て、こつちの方からこの画をながめながら、耕しはじめました。
 お嫁さんの自画像は、いつもにこにこ笑つてゐました。
 お嫁さんの自画像のところまで耕してくるとこんどはこの自画像を第二の畦の、反対の向うはじに立てて、こちらからせつせと耕してゆきます、ですからその仕事のはかどることと言つたらたいへんです。
 村の人はちかごろのトムさんの働きぶりに眼をまるくしてゐました。
 ある日大風がふいてきて、このお嫁さんの自画像を吹きとばしてしまひました。
 自画像は、ひらひらと風に舞ひあがつて、どこまでも飛んでゆきます。
 トムさんは、はんぶん泣きながら、『お嫁さん待つてくれ。やーい。』『お嫁さん。やーい。』と叫びながら、どこまでも追ひかけました。
 とうとうお嫁さんの自画像は、王城の塀《かべ》の中に落ちてしまひました。トムさんは泣く泣く家に帰りました、そしてその訳をお嫁さんに話しました、お嫁さんは『あんな絵はいくらでもかいてあげませう。』とトムさんをなだめました。
 お城の塀《かべ》の中に落ちた自画像は、兵士が拾つてこれを王様に差上げました。
 王様はこの画をひとめ御覧になつて、あまりの美しさにお驚きになりました。
 いたつてわがままな王様は、まだお妃《きさき》がありませんでしたから、この画《ゑ》の女を、是非探し出して連れて参れと、一同の兵士に厳重に命令いたしました。
 城中の兵士が総出で探したあげく、この画の主はトムさんのお嫁さんとわかりました。
 王様はトムさんに『余の妃に差出すやうに。』と命令いたしました。
 万一命令をきかなければ、トムさんの首を切りかねない権幕なので、トムさんは悲しくなつて泣き出しました。
 お嫁さんは『さあ泣いてはいけません、私達に運が向いてきたのです。私はこれから王様の妃になります、しかし心配をしてはいけません、私はあなたの永久のお嫁さんです。私が王様の御殿へいつてから、近いうちに、お城の門が開かれる日が御
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