りつぱな着物を着せて、お妃の傍へ坐らせ、自分はトムさんの着てゐた、ボロボロの服をきて、杖を握つて、城門の外の、見物の中にお立ちになりました。
しかしいつまでたつても、トムさんのお嫁さんのお妃は、すこしも笑ひませんでした。
王様はお妃の笑ふのを、いまかいまかと待つてをりました。しかしお妃は笑ひません。
そのうちに門を閉ぢる時刻の、午後五時がきて城門は閉ぢて了ひました。
そこで王様はまんまと城外に追ひ出され、馬鹿な詩人のトムさんが、王様と早変りをしてしまひました、城の兵士たちも、王様のわがままを憎んでをりましたので、誰もみな喜んだくらゐです。
不思議なお嫁さんは、いつかトムさんが空を仰いでながめた白鳥のお姫さまでした。(大14・4愛国婦人)
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たばこの好きな漁師
一
南の暖かい国の海岸に、茂作《もさく》といふ若い漁師が住んでをりました。
茂作はたいへん力が強く、乱暴者でそれに村でも有名な、なまけ者でありましたので、誰も村の人達は、対手《あひて》にいたしませんでした。村の人達は、茂作のことを、けむり[#「けむり」に傍点]の茂作と呼んでをりました。
それは遠くの方から茂作をながめると、茂作がけむりに包まれてゐるやうに、見えるからでした。
それほどに茂作は、煙草が大好物で朝から晩まで、一日中、ぷかり/\と煙草を吸つてをりました。
村の人達が、夜になつて、それぞれ元気に艪拍子《ろびようし》をあはせて、えつさ/\と沖の方に烏賊《いか》つりにでかけました。
茂作は、みなの者が夜釣りにでかけるのに、そのころには、早くから寝床の中にもぐりこんで家中を、もやのやうに、煙草の煙でとぢこめて、その煙のなかに、茂作は大あぐらを組んで、煙草を吸ふことに懸命でした。
ときどき思ひ出したやうに、仲間の漁師達と烏賊釣りにでかけることがありました。そんなときは、茂作は烏賊を釣りあげるよりも、長いきせる[#「きせる」に傍点]に煙草をつめて、吸つてゐる方が多かつたものですから、他の漁師達の半分も烏賊を釣ることができませんでした。
すると、こんなときには、茂作は自分のなまけてゐることを棚にあげて、漁の少ないことに腹をたてて、船をむかうの船に、わざと打ちつけてみたり水面を掻き廻したり、それはさんざんに、邪魔をいたしますので、誰ひとりとして村の人達は
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