ゝで一度も見たことのないやうな、奇妙なかたちのものでした。
 青いきら/\と光つた服《きもの》をきて、絶えずからだをゆすぶりながら歩るきます。その不思議なものは沼岸のところまでやつてきて、ぴんと頭をあげながらなれ/\しく、
『淡桃色《うすもゝいろ》のリボンをつけたお嬢さんよ、なんといふ、美しい声をおもちでせう。水の中にすんでゐる鶯のやうだ。』
 かう魚に言葉をかけました。
 魚はあまり不思議な姿をしてゐるものですから、
『貴方は、水の魚、それとも陸《をか》の魚、青い小父さんはなあに。』
 とたづねました。
『青い小父さんは、水の魚だよ、あまり退屈なものだから、かうして土の上を散歩をしてゐるのさ、』と青い小父さんは答へました。
 魚はびつくりしてしまひました。それは水に住む魚が、陸《をか》の上を散歩をするなどゝは、いまがいまゝで知らなかつたからです。
『水の魚が土の上を歩るかれるのかしら。』
 魚はあまり不審なものですから、つい独語《ひとりごと》のやうに言ひました。
『そりや、いくらでも土の上を歩るけるさ、水の中を歩るくやうな、楽なことはないがね、それでも柔らかい青草の寝床もあつたり、まつかな果物が実つてゐたり、小羊といつしよに広つぱにあそんだり、小鳥の家《うち》に招待されてごちそうに、なつたりしてゐると、少し位の疲れたのは忘れてしまふよ。』
 かう青い小父さんは話しました。
 それから陸の上の景色は、水の中の景色よりずつと美しいことから、花園にすむ蝶々のはなし、人間の街と馬に乗つた兵隊さんのはなし、楽器の巧みな昆虫達のはなし、その他さま/゛\のおもしろいことを、青い小父さんはゝなしてくださいました。
 魚はちよつと散歩をして見たいやうな気持になりました。
 青い小父さんは、最後に魚に散歩をして見よう。案内は私がしてあげませうと、盛んにすゝめました。
 青い小父さんは、自分が水の魚であるといふことを証明するために、水の中にはひつてさかんに泳ぎ廻りました、そのまた泳ぎ方が非常に上手で、どんなに姉さんが巧みに踊りながら泳いでも、とてもこの青い小父さんの足もとにも追《おひ》つかないほど、しなやかな体をして泳ぎました。
 妹の魚はふと青い小父さんの体のどこにも、魚のもつてゐる鰭のないことに気がつきました。
 妹娘は急に怖くなつたので、いつさんに自分の家に逃げ帰りました。
『あ
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