ゝ怖かつた、わたしは魔法使の魚にあつたの。』
かう言つて家に帰つた妹娘の魚は眼をまんまるにしながら、くはしく様子を物語りました。
『まあなんといふ不思議な魚なんだらうね。』
母親の魚は言ひました。
『このとしになるが、ついぞ見たことのない魚だなあ……。』
父親の魚はしきりに頭を傾けて考へました。姉娘はたいへんはしやいで、明日は沼の岸に行つて、是非この美しい青い小父さんに逢つて、お友達になつていたゞかなければならない、ことにダンスが上手だといふのなら、わたしと青い小父さんと、どちらが上手か踊りくらべて見なければならないと言ひました。妹は姉にむかつて、その青い魚はきつと悪魔か、魔法使にちがひないからとしきりにとめましたが、姉娘はきゝませんでした。
その翌日、姉娘の魚は沼の岸に行つて、さかんに踊りながら、青い小父さんの来るのをまつて居りました。
『淡桃色《うすもゝいろ》のリボンをつけたお嬢さんよ、なんといふ踊りの巧みなことでせう。水の中にすんでゐる、蝶々のやうだ。』
かう言つて沼岸のしげみから出てきましたのは、妹のいつた青い小父さんでした。
姉娘の魚は、すつかりこの青い小父さんと仲善しになつてしまひました。姉娘はじつと青い小父さんのダンスを見て居りました。
なんといふしなやかな体でせう。
青い小父さんは、つまさきで立つて、空にむかつて棒のやうな体にしたり、からだをくる/\と石ころのやうに小さくして[#底本は「小さくて」]しまつたり、沼岸の柳の枝にからだを巻つけたり、それはさまざまな舞踊やら曲芸やらをやりました。
しまひには姉娘の魚と手をとりあつて、水の上でダンスをやりました。
青い小父さんの鱗《うろこ》は、それはこまかで、お日さまの光をうけてきら/\と青く輝きました。それから、かなり暫く青い小父さんと魚とは、きちがひの様になつて、水の上でダンスをやつてゐました。
それから五六日も経つたけれども、姉娘は沼底の家に帰つてきませんでした。
両親や兄妹たちはたいへん心配して沼の中を探しましたがみあたりません。妹娘の魚は魔法使の青い小父さんにきつと、姉さんは連れて行かれたに、ちがひないと信じました。
それから五日程して、よく沼岸の砂地にあそびにくる、尻尾《しつぽ》の短い赤い小鳥が姉さんの居処をしらしてくれました。
『この沼から十間程はなれた、青い草の寝床
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