こといふあてもなくさまよひ歩るきました。
それから幾日かたつて、魚は岸にうちあげられました、そして白い砂がからだの上に、重たく沢山しだいにかさなり、やがて魚の骨は砂の中に埋《うづ》もれてしまひました。
さいしよは魚は頭上に波の響きを聴くことができましたが、砂はだんだんと重なり、やがてそのなつかしい波の音も、聴くことができなくなりました。(大13・8愛国婦人)
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青い小父さんと魚《うを》
あたゝかい南の国の、きれいに水が澄んだ沼の、静かな岩かげの深みに、黄色い上着に黒い棒縞のチョッキを着た、小さな魚の一族が暮らしてゐました。
なかでいちばん赤いズボンをはいたのが父親で、母親は赤い肩掛をしてゐました。
娘たちは淡桃色《うすもゝもいろ》のひだ飾りのついた、それは大きなリボンを結んで居りました。
いちばんの姉《あね》さんの魚は、たいへん活溌で、ことにダンスがそれは上手でした。
夕暮れになつて、お日さまはだん/\と森陰に沈みかけます。そして、
『沼の愛らしい魚達よ、左様なら。』
とはるかな夕焼けの空から、金色のあいさつを沼の水面に投げかけるころ。
姉さんの魚はきまつて何時《いつ》も、水面に浮んでまゐりました。
そしてこの金色《こんじき》のさゞ波にくるまつて、それは上手に踊るのでした。すると夕暮れの風は、急にはしやぎ出しますし、沼の周囲《まはり》の草木もさかんに拍手をいたします。
この姉娘の一家はむろんのこと、沼中の魚がみな、水底で夕飯がすむと、水面にうかんできてこの娘さんの、上手なダンスをながめるのでした。
姉娘は、きれいな金色の波にくるまつて、すい/\と水面に、できるだけたかく跳びあがりました。親達はまたたいへん姉娘の踊り上手をじまんにして居りました。
いちばん末の妹娘の魚は内気な性分でしたから、あまりダンスなどを好みませんでした。それでたつたひとりぼつちに、水のつめたいゆるやかな水底の砂地に坐つて、水草で赤と青のショールをあんだり、細かな七色の石をあつめて首飾りをつくつたり、ときどき誰もゐない水面にうかんで、小さな声で歌を唄つたりして遊ぶことが好きでした。
或る日妹娘が、いつものやうに、水面に小さな可愛らしい口を、ぽつかりと出して独唱をやつて居りますと、ふいに沼岸の草原にがさ/\と音がしました。
それは妹娘のいま
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