婦人発行年月不明)

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狼と樫の木

 村の中に一本の樫《かし》の木が生えてゐました。何時頃からか、この樫の木の根元の大きな洞穴のなかにずる/\べつたりと一匹の大工の狼が住むやうになりました。
 樫の木は狼を抱へて風を防いでやり、狼もまた自分の毛の温《あたたか》みで樫の木を暖めてやるかたちになりましたので、狼と樫の木は結婚してしまひました。
 この大工の狼は、鼻柱も強く、仕事も自慢でしたが、何分にも貧乏なので、仕事がなくて、自分の腕のよいところを見せる機会がありませんでした。
『なあ、わしの可愛いゝ樫の木や、いまにきつとわしの腕を認めて、王様がわしを雇いにやつてくるから、その間は苦労をしようね』
『ええ、貴方の出世のためなら、妾《わたし》はどんなになつてもいとひません――』と樫の木の妻君は涙を浮べました。
 狼と樫の木はお互に暖め合つたり、なぐさめあつたりしてゐるので何の不満もないはずでしたが、近頃になつて、大工の狼の腕の良いことが何時の間にか王様の耳に入つたらしく、今にも大工狼を呼びに王様のお使ひがくるといふ噂が、どこからともなく狼の耳に入つてきました。
 とうとう狼と樫の木とは相談の揚句、狼は樫の木を伐り倒して、腕をふるつて高い/\踏台をつくりました、それは大変高く、王様のやぐらの高さとも劣らぬほどの高さでした。
 狼はこの高い踏台の上にあがつて、小手をかざして王城の方をみながら、王様からの迎へをいまか/\と待つてゐました。
 すると狼は急に慾が出て来て、その附近の大きな桐の木に眼をつけ始めました、そして樫の木の踏台の妻君を捨てゝ桐の木と結婚してしまひました。
 樫の木の踏台の妻君は、三日三晩泣きあかしました、そしてムラ/\と嫉妬の気持が起きて、いつかふくしゆうをしてやらうと考へました。
 狼は新しい妻君の桐の木を伐り倒して、高いハシゴを作り、その上に昇つて、以前のやうに王様の迎へを今か/\と待つてゐました。するととうとう時が来ました。
 王様は自ら馬車に乗つて、大工を迎へにやつて来ました。そして王様のお抱への大工に出世してしまひました。
 しかし以前の妻君であつた樫の木が承知しません、また林の樫の木は、その樫の木のことを同情して
『何といふ薄情な狼だらう、住めるだけ樫の木の洞穴に住んでゐて、それから伐り倒して踏台にして、それを捨てゝ他
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