足を埋めてごらん、きれいな牡丹の花となる。』
とかう言ひました。
唖娘はたいへん喜んで、花園の土の中に両足を埋めてみると翌朝唖娘は、それは美しい緋色の牡丹となつてゐたのです。
五
牡丹の花園の、まつしろな花の中にたつた一本咲いてゐる、唖娘の緋牡丹は、仲間の牡丹達に、それは/\女王さまのやうに、もてはやされました。
その上に、唖娘が野原でお友達になつた緋の衣装《ころも》をきた少女が、この牡丹園の主であつたのです。
牡丹園の少女は、それは優しい心の持主で唖娘の牡丹を『緋牡丹姫《ひぼたんひめ》』と呼んでくれました。緋牡丹姫のいちばん嬉しかつたのは、おたがひ牡丹同志では、自由自在に話をすることができることでした。
緋牡丹姫は、お友達の白い牡丹に、これまでの悲しかつた身の上を物語りますと、みなはたいへん同情をしてくれました。
『わたしは、精いつぱい大きな声で笑つてみたいの……わたしは笑ふことも泣く事も忘れてしまつたのですもの。』
と言ひますと、白い牡丹の花は、眼をまんまるくして
『そんな幸福なことがあるでせうか、私達の花の世界では、笑ふことをかたく禁じられてゐるのです、もしも笑ふことがあれば、その時がいちばん不幸なときとされてゐるのです。』
と言ひました。
『でもわたしは、笑つてみたいんですもの、思ひきつて大きな声でね、どんな恐ろしい不幸がやつてきても』
緋牡丹姫の唖娘はかうしみ/゛\と言ひました。
白い牡丹の花はたいへん緋牡丹姫に同情いたしました。そしてそのうちの頭《かしら》だつた牡丹がみなの牡丹に相談をしてみました。
『哀れな、笑つた事のない緋牡丹姫の為に、私もいつしよに笑ひませう。』
かう言つて、親切な白い花達は、緋牡丹姫のために、恐ろしい不幸がやつてくることを、知りながらも、賛成をしてくれたのでした。
緋牡丹姫は、ほんとうにこころから感謝いたしました。
そして緋牡丹姫は、こころから大きな声で笑ひました、そしてそれに続いて白いたくさんの牡丹達も、崩れるやうに声を合して哀れな緋牡丹姫のために笑つてくれました。
その翌朝、赤い衣装《ころも》を着た少女が悲しさうな顔をして花園に立ちました、そして一夜のうちに散つてしまつた花園の牡丹をながめながら
『こんなに散つてしまふほど、花達はきちがひのやうに笑つたのだろうか。』
と思ひました。(愛国
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