たときは
蛇のやうな体臭を発散する
――、とは大杉栄の述懐であつた
いまでは彼女も老いた
悠々たる長い蛇ではない
短い、そして怒りも短時間だ
鋭い歯はもつてゐるが毒をもつてゐない
噛みつかれさうな人よ、
安心したまへ
彼女が不意を喰つたときだけ
体全体を鎌首にする
自己防衛の習性が残つてゐるだけだ
平素はトカゲのやうに
鞄をもつてチョロチョロと
人々の間を走りまわる。


板垣直子について

家庭にあつては優しい母親で
なぜ文章の上では
あのやうな毒舌家なのだらう
行つた先先で
ふところから
化粧鏡とパフをだすかはりに
マナイタと出刃庖丁をだす鬼婆だ、
刃物さへあてさへすれば
骨が離れると思つてゐるのはどうかと思ふ、
彼女は案外料理の仕方を知らないのだ、
直子さんよ、
他人の作品を批評する場合もどうか
酔つて帰つて
あなたの愛する鷹穂のズボンを
ぬいでやるときのやうに
親切にしてやつて下さい。


或る女流作家に与ふ

貴女は
なまじつか人生の外塀を
手探りでまねる
小ざかしさを知つてゐるために
軽蔑すべきことをしてゐる
軽蔑すべきことは
あゝ、小説なるものを
つくる術を知つたことだ

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