をまんまととつて進ぜよう
引つこめ大根役者
文学の世界でいつまでも
政治上の主役らしい顔つきをするな
我々は単なる端役として
つまり四本の馬の脚として
熱い汗だらけになつて
縫ひぐるみの綿のなかから主張する
激しいたゝかひの幕のあげおろしに
意地を張つて芝居をするな
引つこむべきところは
男らしく引つこむのだ
幕があがつたら別な外題に
また新しく顔を塗りなほして君は出てくるさ


転落

すばらしい動揺だ、
このまま私が椅子から
ころげ落ちて死んでも
私はすべてのものに感謝ができる、
その動揺はどこから来た――、
周囲からきた、
私は知つてゐる
風が葉をうごかしてゐるのを
見た、
理解した、
友の眼の色を
感動した
夕日が空をズリ落ちるのに、
いつさいのもの
私の視野のものは束となつて
私をそれで殴りにきた、
立ちあがつてきた
物体、思想、色彩、音響

けつしておそれない、
歴史を背負ひこむのは
あらゆる負担は
私の義務のすべてだ、
あらゆる動揺が
私を転落させるのを
私はむしろそれを待つてゐる。


インテリの硬直

君は何を待つてゐるのか
そのふてぶてしい顔つきをして
その顔つきは悲劇のツラだ、
決して勇壮ではない
むしろインテリらしくないのが滑稽だ、
君は労働者ではない
悲しむときは
如何なるときに
どのやうに泣くかを
知つてゐなければならない
インテリゲンチャな筈だ、

あゝ、だが君はかなしまない、
そして朗らかでもない、
そして何なのだ、
恥じよ、労働者のために、
きよとんと立つてゐる君は、
愚鈍にいつまでも立ちどまるな
君は君の部所につけ
真実のふてぶてしい顔とは
硬ばつた皮膚と
いふ意味ではない
君は陽の照る方へ
あるいてゆけ――、
精神の硬直を
もみほごすために。


喜怒哀楽の歌

悲しみよ
お前おかしな奴
どこまで泣きに行つてきたのか
身をよぢらしてお前は螺旋状の糞をする

怒りよ
可愛い私の下僕
忠実に梶棒をふりあげて
盧頂骨を撃つてこい
敵の骨が何と泣いたか報告しろ
喜びよ、警戒しろ

倒れたことは死んだことにはならない
止めをさすのを忘れるな
商人のやうに勝敗けを
精算してからにしろ
楽しみよ
それはたたかひだ
生来の闘争児のためにだけ
オルガンのペタルを踏み歩くやうに
人生は鳴る

茜《あかね》色から朝に変るやうに
夕映《ゆうばえ》から夜にかはるやうに
移りかはり激しく
貧しいものだけが
真実の喜怒哀楽を享楽する。


怖ろしい言葉を

頭を掻きむしつて
詩をかく時代は去つた
立派な発声法によつて
生きた人間の呼吸を吐け
友よ、
労働者詩人よ
詩の古い形式を理解しろ
だが信ずるな
僕はあいつらの
貞操をコヂあけて
砂をぶち込んでやつた
真理でもないものを
真理だと堅く守つてゐたものにとつて
君達も僕のやうに
暴力者となつたらいい
うんと怖しい言葉を吐くのだ
たへがたい悲しみを
痙攣的な憤怒を
立派に整理して
吐露することが
科学的な新しい詩人の役割だ
可愛い雀斑《そばかす》の娘が
私達の傍にやつてくるだらう
魅力はもうあいつらにないから
あいつらのところには
もう美しいものが
集つていかないだらう
さあ、元気を出して
うたふのだ
呟いてはいけない
口の開けたてを正確にして
生活の歌をうたふのだ


訴訟狂のやうに

わが友よ
君に激昂の日が
幾日あつたか
数へて見よ
詩人を名乗るくせに
感情的になつた経験があるか
僕は訴訟狂のやうに
民衆に訴へてゐる
純粋な快楽は
権利を主張する瞬間にある
心や肉体の
すりへることを恐れてゐて
一篇の詩も
一個のボタンもつくれやしない
争ひをさけてゐて
勝つことが出来ないやうに
労働をさけてゐて
何物も産れない
可哀さうに君等は
敵を見失つてゐるのだ
戦の前線から
幾度も君を馬車が迎へにきたのに
君は乗らうとしなかつた
いさぎよく詩人よ
発狂しろ
憤りや悲しみや悦びで
頭を破裂させてみたらいい、
君は頭の中が
ゼンマイでできてゐるやうな
錯覚を起してゐるのだ
僕が保証する
君の頭の中は時計より
緻密にできてゐる
決して狂ひもこはれもしないだらう
怖ろしいことは
使はない頭の中の
観念は亡びることだ。


カミナリ

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
昼頃から雨雲が一つ、空に浮んでゐるが動かない。夕方になつたが鋪道は熱い。
そのころ雲はやつと、位置を変へはじめた。
高い雲の間で電光は、癇癖らしく光る。雷鳴もはげしく呟きだすと、人々は一斉に空を仰いだ。そして俄か雨を期待した。
なんて自然は、人間のやうな感情家だらう。
空を走る電光は、人間の額を走る青筋のやうだ。
空のあちこちでは、陶器を乱雑にこはしまはる男が駈けまはつてゐるやうに鳴る。
突然大劇場の屋根の避
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