みをもつて、
強いものをねたんでゐる、
悲しみをもつて何者かに訴へてゐる。
ただ従順といふ言葉は
青年の新しい生活にはない、
私はこの二三日来、
強い権力のもとに身を横たへてゐる快感を、
これ程までに強く、味はつたことがない。
国民は武装してはゐない、
武装してゐるもの、
それは眼だ。
たつた二つの水晶体のもの、
中心的なものにぢつと注がれて動かない、
溶鉱炉のやうな眼よ、
すべての物語りを投げ入れて
批判の熱さで溶かす、
ぼんやりと水を見てゐれば、
死にたくなり、
線路に立ち止れば
ギョッと心臓が衝撃をうける、
心のデリカシーは地獄の責苦、
蹴られてたほれる最後まで
国民は生活と戦つてきた、
訓練は意志を生みだした
国民は新しく冷酷といふことをおぼえたのだ
兵士が三間をきに車道に立つ、
田舎の籾摺機の傍を離れて
たつた今、都会へ馳け付けてきたといつた、
正直さうな顔の少年兵士よ、
お前は何故しつきりなしに体を動かすのか、
退屈な筈がないのに、
私はこはごはよりそつて
銃剣の先にオーバーの袖をふれて見る、
兵士はオーバーに眼をやり
私は剣の先に眼をやる
兵士と私とは小さな実験をやつてゐるやうだ、
私につづく人々の群も、
つぎつぎと私のしたやうに
オーバーを剣にふれて見ながら通つてゆく
少年兵士は剣をはげしく後に引く、
群集は驚いて飛びすざる、
騎馬将校が道路を横切つてはしつて行つた。
多少の埃は
真理はいつも
私にとつては軽快さ、
――私が暗い
[#ここから2字下げ]
歌を歌はぬことは
君にとつては、お気の毒さま
[#ここで字下げ終わり]
踊れ、フォックス・トロットを
九頭九尾の狐の
妖怪味を充分に出して
敵とたたかへ、
前方へは煙幕を――、
後方へは屁を――、
我等の狐はたしかに馬に跨がつた、
巨大な現実に
われわれの歴史の位置はきまつた、
そして狐と馬とは、
味方と敵とは、
ヒステリカルに
狂はしく
現実をすつとんでゆく
つまり我々プロレタリア狐は
ブルジョア馬の尻尾を
奴の把手を掴まへてゐるのだ、
奴は右にとばふとする
われわれは左へ行かふとする、
恐しい勢で山をくだる
石のやうに飛んでゆく
現実に多少の埃も立たうといふものだらう。
平民と愛
『人は愛し
又愛される
王様達に欠けた幸福――』
詩人ユーゴーの歌つた愛を
うけ継ぐ仕事は
若い青年少女達にのこされてゐる
ユーゴーのいふ通りです、
王様達には欠けてはゐるが
愛は平民達のためにあるのだから
世界の中には
男と女との他に何があるだらう。
ふたつのほかに何も想ひ出せない
男同志の協同の仕事は
ありあまる程あるが
女との協同の仕事はまだ少ない。
女を愛した瞬間に結婚し
子供が生れるとは限らない
おちつけ、沈着となつてくれ、
世の男よ、女よ、
『思索と、希望と、仕事と、恋にもつれて人々は暮らす』ユーゴー
恋と仕事とを縺れさせぬやう
社会意識をもつて
愛の生活に明快性を与へよう、
ユーゴーのやうに
愛は率直であつてほしい、
ユーゴーは心を打あけるのに
なんて直截で純であつたらう。
『彼女がよく髪を結へば
僕の心は喜び
拙く結へば悲しかつた――』と
この言葉はどこの裏街の
平凡な男の言葉とも違はない
愛は素朴であり、感動はふかい、
女の髪の結ひ方の出来不出来にも
男の心は躍るものだから――。
愛と衝動と叡智
男の強い衝動よ
腕力よ、
呪はれてあれ、
男は力をもつて
女を押しひしぐことは出来る、
強盗のやうに、無頼漢のやうに
女を愛することは自由です、然し、
孕ますことと、
生活をうばふことと、
この二つの必然を生むのはブルジョア的です、
彼等はこの二つを殆んど同時にやつてしまふ、
わたしたちの愛は
孕ますこと、生活を奪ふことは
いつも私達のイデオロギーの
叡智によつて救はれる、
女よ、あなたは正しいときに、
美しい優しい母親とおなりなさい、
それを貴方は愛人に
要求することを忘れぬやうに、
叡智にかがやいた愛の行動を
愛する人のうちに求めるやうに。
文学の大根役者に与ふ
――この詩を指導者らしい顔付の男に――
芝居の花道で
あんまり醜態を演ずるな
文学と政治で引つこみの
つかない大根役者は
何時までたつても
指導者らしい顔つきをして
観客が見てゐないのに
まだ引つこまない
君はなんといふ
極左主義的
一徹短慮な浅野内匠守長矩侯だ
忠臣蔵は筋書どほりやりたまへ
吉良上野介を今こゝで
殺してしまはふとジタバタしても無理だ
とにかく我々は敵の眉間《みけん》だけは
傷つけたのだから
吉良の用心棒に
後から羽掻じめにされたのだから
さう舞台の上で一人で
感情的になつても駄目だ
一応幕にするさ
いつかは吉良を炭小屋のなかから引出して
四十七人は
君の仇
前へ
次へ
全19ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング