猫の手も借りたい
忙しさに
やれ、講演会の
やれ、座談会のと
一にも秋田、
二にも秋田と
百パーセントに
好々爺は利用されてきた、
艶々しい白髪を
上座に据ゑることは
集まりに貫禄と重味を添へるから、
あつちからも、こつちからも
お座敷がかゝつてきた
手弁当、電車賃自分持ちで
老爺はにこ/\出かけて行つた
やがて雷は静まり
山蔭に遠く去つた時
すべての利用価値も去つてしまつた、
後輩共は老爺を
階級のトーテムポールのやうに
偶像化し
ジャアナリズムは
まだ年譜を書くほど
老い込んだ歳でもないのに
五十年の過去を綴らして
追想主義者に
片づけてしまつてゐる、
霜の朝
ふと胸の中の『創作慾』といふ
大切な球を
なくしてしまつたのに気がついた
日本のルナチャルスキーは
いま苦しんでゐる
失われた球を求めて。


窪川鶴次郎へ

あなたの神経質は立派なものです
だが興奮剤の常用はお廃しなさい
マムシ酒では○○○○[#「○○○○」に「ママ」の注記]は勝てませんから
あなたの評論の文体は出色です
ちよつと私が型録《かたろぐ》を示しませう
『つまり、犬の口が尻尾を
咬へたといふことは、
尻尾が犬の口に
咬へられたといふことであるんである』
これでは犬がぐるぐる舞をする許りです、
いたづらに読者を混乱させます
どうぞ書斎の机にツヤブキンでもかけて
呼吸を統一して
まとまつた作品を見せて下さい
お見せにならんところをみると
さーては、備へつけた
『オゾン発生器』が
壊れましたかね。


長谷川如是閑へ

胸に手をあて
たゞ何となく
『自由』を愛してゐるお方
時代のハムレット
永遠の独身主義者よ、
私が女なら、
あなたの所に
押かけ女房に出かけます
飼犬どもをばみんな叩き出して
畳たゝいて
これ宿六
如是閑さん
長いこと理屈書いてゐて
理論の煙幕
『あの』『その』づくしで
あなたの良心済みますか
まあ/\隣近所のおかみさん達
ものは試しに
『あの』『その』数へて
ごらんなさい
これさ山の神
可愛い女房よ
まあ、まあ、怒るな
理論といふものは
つまつた時には
あの、その、さうした、
かうした、それ自体、
然しながら、あの、その、
然し、それは、それ自体
さうしたもんだよ。


中野重治へ

裾の乱れを気にばかりせず
気宇濶達の小説を書き給へ、
『小説の書けない小説家』
『小さい一つの記録』
などと妙に遠慮ぶつた標題をつけず
誰かのやうに『風雲』と大きく出るさ、
君も詩を掻き廻して
小説へ逃げて行つた前科者だ、
少しは詩の手土産を
散文の中で拡げるさ、
棒鱈のやうにつゝ張らずに
田作《ごまめ》の様にコチコチにならずに
少しは思想奔放症でやり給へ、
狭心症は生命を縮めるよ
釣銭のくるやうな
利口ぶりを見せないで、
馬鹿か利口か
けじめのつかないやうな
作品を書き給へ。


武者小路実篤へ

金銀の佩刀、そり打たせ給ふところの
武者小路実篤卿よ
ここに下賤の一詩人が
涙をふるつて諌言申す、
人間を『日向の村』へ追ひやつて
孤独と寂寥に悩ませるとは、
あゝ
つらい、つらい、
山の向うには歓楽の灯があると
新しい村の村民たちは
嘆いてゐるだらう
あなたの若いこのあやまちが
トルストイにとつ憑かれた、
あとは世間態と意地で
村の理想を細々とつないで
ゐるわけでもあるまいが、
早く村の解散式をやつておあげなさい。


文壇諷詩曲

あゝ、面白くもない人間の名前を詩で飾る僕の運命を悲しんでくれ
神が、私にこの仕事を与へ給ふた。
人間はその生れた土地の水と土とでできてゐる。
井伏鱒二[#「井伏鱒二」はゴチック]は感傷と愚痴でできてゐる。
深田久弥[#「深田久弥」はゴチック]は朗吟調の人生をもつてゐる。
そして彼はなかなか作文家だ。
あなたの小説は嫌ひだが
眼は好きです円地文子[#「円地文子」はゴチック]よ
だが惚れることは差控へよう
あなたは散文的に恋愛をするさうだから。
細々とした文章の長さの中で
眼だけ光らしてゐる小林秀雄[#「小林秀雄」はゴチック]よ
呪はれろ、死んでしまへ、深刻好きな君が地獄行の終電車に乗り遅れた格好だ。
若いジャックナイフが血を流してゐる時
近松秋江[#「近松秋江」はゴチック]は紙切ナイフで過去の頁を切つてゐる。
どうだ一米突先の人生が見えるか
君の眼玉はいつもコペルニクス的に転廻してゐる和製ウナムノ、反対のための反対者、萩原朔太郎[#「萩原朔太郎」はゴチック]。
不吉な哲学は、よく笑ふ黒い鳥を生んだ
それが三好十郎[#「三好十郎」はゴチック]、君なのだ、
もつと健康で衛生上よろしい喜劇を書いてくれ。
張赫宙[#「張赫宙」はゴチック]は朝鮮にハイチャをして
東京で文学の峠をのぼりだした
ズルズルとすべる文体に警戒し給へ。
小さな真実を大き
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