げつつ、
生活の伴侶として
ひとつの結合にむかふ。


弱い愛に負けてゐる

強いものと闘ふ私は
ただ専心に熱中すればいゝ、
なんの技術を用ゐる余地があらう、
弱いものに
真実を語ることが
いかに苦しいことであるか、
君はそれを知つてゐるか、
説きがたい愛を説かうとするとき、
私はどんな態度に出なければならぬか、

私は相手の弱さを
強くひきあげなければならないから
私はほんとうに汗みどろになるのだ、
私は弱い相手には
時間――といふ唯一の救済者の
力を借りるより方法がない
時間がすべてを解決し
すべてを正しい位置につかせてくれる、
不自然も、矛盾も、技巧も、嘘も、
泥酔、歌、儀礼、謙譲も、
愛に不用なこれらのものも
いまは一切入用な時だ
強いものには技術がいらない、
弱いものには説かなければならない、
無事に夜よ、去つてゆけ、
愛の説明の時間よ、
苦痛の時間よ、
私の強い愛が、
あなたの弱い愛に負けてゐる。


さういふ自然さは美しい

健康な胸でしつかりと
生活をまもつてゐる貴女
働いてゐる女の鼓動の整調さがきこえる、
どんなに本能的に私の胸の中で
身ぶるひしてゐるときでも
動物的な心臓の鼓動の昂まりから
人間的な静まりにかへつてゆく、
顔見合せて吐息をつく
あゝ、無事で何の過失も起きなかつた――、
なにが無事で、
どんな過失をのがれたのか
ふたりの前を流れてゐる河は
逆流しなかつたことだ、
太陽は自然の正しい位置に
冷静にほゝゑんでゐる、
たがひに冷静であつたことを感謝した、
私は肉体的に貴女を愛することで
あなたから生活をうばふ権利を
誰からも与へられてゐない、
肉体的であるといふことを
私は少しも怖れてはゐない、
ただ求めないものを
与へないだけだ、
さういう自然さは美しい。


愛と訓練

貴女達の強い性格を
私は好ましくながめる、
あなたは生活を愛し、職業を軽蔑しない、
生産者だから
私は大きな感情で
あなた達を愛することができる、
愛はすべてを単純化したがる
復《ママ》雑のまゝでをかなければ
ならないものまでも――、
だから愛することは
辛く、怖ろしく、
たがひに社会意識を失ふことが
ないかどうかを吟味し、吟味しながら
手がたく愛し合はうとする、
それも又新しい型の階級の本能だらう、
愛の恍惚は生活を忘却してしまふ、
それをぐんと堪へ得るもののみが、
新しい恋愛のできる資格者だ、
はたらく女達よ、
美しい惨忍性をもつてゐる、
それは訓練された主観だらう。


底本:「新版・小熊秀雄全集第4巻」創樹社
   1991(平成3)年4月10日第1刷
入力:浜野智
校正:八巻美恵
1998年9月8日公開
1999年8月28日修正
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