ごらん
その時私は電燈の明るい光りの下で
少年世界を熱心に読んでゐた、
私は雑誌を畳の上に伏せた、
それから母に言ひつけられたやうに
妹よ、お前の夢遊病を尾けて行つた、
戸外は昼のやうに明るかつた、
どこにも月がでてゐなかつた
それだのに地上の明るさは
地平線のかげから
まるで水銀のやうな光りがたちのぼり
小さな街中をまんべんなく明るくしてゐた
路は凍り、妹は下駄の音を
カラコロと陽気に立てながら
私の知らない
幸福なところへでも案内するやうに
私の先に立つて歩いて行つた、
街はひつそりと静まつてゐた、
ぽかんと開かれた妹の眼は
虚洞《うつろ》のやうに
何処かの一点を凝視し
足は全く反射的に交互に運びだされ
すこしも後をふりかへるといふことをしない
郵便局のある街角まできたとき
私はかなしみがこみあげてきた
私はもうたまらなくなつて
――どうしたの
  眼を覚まさないの、
とはげしく妹の肩をどやしつけてやると
妹は、ハッと我にかへつて
――まあ、いやだわ
と私の体にひしとしがみついた
妹は自分の周囲を見まはし
一度にそこに立つてゐる
自分と羞恥とを感じたのだらう
――おゝ寒い、寒い、

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