語らない
さうだ、彼女は私達を
どんなに宇《ママ》頂天に嬉しがらせ
どんなに絶望に叩きこんだらう
そのことゝ現実とはかゝはりがあらう
いまとなつては私にとつて永遠の恋人よ
あの時我々はそつとさゝやくことをしなかつた、
公然と自由を叫び地団駄した
いまはさうした恋の打開け方を
する相手もゐない悲しみのために
心の中は苦しい砂でいつぱいで
苦い汁を毎朝口から
流しこんで生きてゐる、
だが感謝すべきものを私だけは忘れない
弱虫であつた私を
こんなに鍛へてくれたのは
政治よ、私はお前だと思つてゐる
お前と激しく恋をしたのだ、
いまでは私はお前にとつても
永遠に忘れることのできない
現実のものとして私はお前に失恋して
こんなに積極的に人生を
肯定するやうになつてきたのだ。
白い夜
妹よ、まだお前は知つてゐるかい
樺太の冬の夜のことを
青白い光が街を照してゐた夜のことを、
お前は、とつぜんむつくりと起きあがつた、
そして寝床の上に坐つた、
私や父や母の顔を
暫らくは凝然とみつめてゐた
母は私に言つた
――あゝまた始まつたよ、
寝呆気てゐるのだよ、
お前、どこまで歩いてゆくか
後を尾けて行つて
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